93. 未来に光を抱いて その②
族長様は遠い目で僕達を眺め、深く息を吐いた。その瞳には少なからず、疲労の色が見て取れる。
でもそれも当たり前だ。陽が傾く程長い間話していたわけではないけど、相当に重く胃もたれする話ばかりだった。族長様は僕達の将来を親身になって考えてくれていたし、魔力や魔法に関する知識の基礎となる話も聞かせてくれた。
特に僕が族長様に対して強い態度を取る可能性もあったし、一通りの話が済んで張っていた緊張の糸も解れたんだろう。
僕は改めて族長様の正面に立って、敬意を持って深々と一礼する。
「今日は本当に、貴重なお時間をありがとうございました。族長様、それでは他にないようでしたら、僕達はこれで失礼したいと思います」
「……ありがとうございました」
頭を下げる僕に続いて、ティナもお辞儀をする。族長と言う上の立場の猫相手に、最初は緊張していた様子だったけど、今ではその緊張も薄れているみたい。ティナの気の許せる相手が増えて僕も一安心。百年以上も生きた猫が味方でいてくれるのは、本当に心強い事だ。
族長様は顎髭を撫でながら数秒間逡巡した後、ふと思い出した様に手を叩いた。
「あぁそうだ、何度も申し訳ない。忘れておったが、レイに渡したいものがあったのだ」
「…………これは、手紙ですか?」
族長様は懐からとある紙を取り出し、僕へと手渡した。見る限り誰かからの「手紙」だろうか。この猫生において、手紙のやり取りをする様な人物に心当たりはない。
族長様は僕への真剣な眼差しを更に深めていた。さっきまでの気の良い老人の雰囲気は無い。
「人間らしく言うのならば、「報告書」の様なものかな。お主の父からの報告を、儂が人の言語にしてまとめた。後で目を通しておくれ。お主なら何か、分かる事があるやもしれん」
「! …………わかりました。ありがとうございます」
僕のお父さんには今、近隣にある帝国の動向を探ってもらっている。僕がティナを助けた、帝国兵の馬車襲撃の件について、化猫の村にも危険が及ぶ事がないか探るため、その後の動向は追っておく必要があったからだ。
現時点では、帝国側がティナの能力「魔導者」目当てでティナを攫おうとしていた、とは予想はついているものの、それ以外のことは何も分かっていない。
ティナは今こうして化猫の村で保護しているわけだけど、人間がそう簡単に「魔導者」を諦めるとは思えない。ティナを助けるにあたって、僕も化猫の痕跡を残さない様にしたつもりだけど、決して油断はできない状況だとは思ってる。
お父さんからは、今のところ目立った動きはない、とは聞いてはいたけど、何か変化でもあったんだろうか。
僕は唾を呑んで、手紙をポケットにしまいこんだ。
族長様はまた一つ咳払いする。少しだけ空気が張り詰め、猫背気味の僕の背筋もピンと伸びる。
「――そしてこれが本当に最後。老猫から一つ忠告をさせてもらいたいのだが…………レイにティナよ。あまり、お互いに依存しすぎるでないよ。ダメなものはダメと、注意すべきことがあればきちんと注意する。それも一つの優しさだよ」
…………………………………………
「…………わ、か、り、ましたー。ハイ。ありがとうございます。出来るだけ、はい。善処します。ではすみません。失礼します」
「…………あの返事。分かりやすいものよなぁ」
そして僕達は族長様のそんな言葉を耳にしつつ、ティナの家へと帰宅するのだった。
***
僕達はティナが残してくれたメモを見返しながら、ティナと一緒に今日教えてもらったことの復習をして、実際に魔法を実践してみた。
僕にはティナのような魔法の知識はない。でも感覚を用いる行為なら、なんだって出来る様になるのが僕の能力「上感覚」だ。ほんとに便利。
実際に感覚頼りに試してみて、魔力の色を変化させるのはそう難しくはなかったし、ティナの補助もあったおかげで『覚級上位』の魔法であれば、無詠唱で発動できる様にもなった。
と言っても、これまで覚えてきた『技能』の方が魔力の消耗は少ないし、あんまり実戦で使う機会はないかもしれないけど。
でも、その後のティナは流石の一言だった。
僕は技能『精神干渉』を用いて、お互いの意識を共有しティナの魔法を補助した。ティナから僕へと『魔法に関する知識』を共有してもらって、その知識を再現するための『感覚』を僕からティナに共有する。まさに完璧な補助と言える。
その結果、ティナはいとも容易く聖級魔法の「上回復〈グレーターヒール〉」を習得してみせた。流石に詠唱は必要みたいだけど、感覚を掴んだ後の魔法陣の構築速度は流石なものだった。
ただ魔力消費も相応に激しかったみたいで、魔法を使った後、ティナはその場にへたり込んでしまった。軽く息も切らしている。
僕は即座にティナに肩を貸して、そっと寝室のベットに座らせる。やっぱり十数歳の少女には、聖級魔法はまだ早かったみたいだ。
でも、この時のティナの目は爛々と輝いていた。魔法による疲れよりも、「上回復〈グレーターヒール〉」が使える様になったのが、心から嬉しかったみたいだ。
「これで私もレイの役に立てるね」って。僕はその言葉を嬉しさ半分で受け取った。残りの半分は自分への戒めだ。
ティナにこんな消耗の激しい魔法を使わせるわけにはいかない。そもそもこの魔法をティナに使わせる時、僕は酷い怪我を負っている事だろう。
猫が傷つく姿なんて、ティナには見せたくはない。
僕は獣人の姿から猫の元の姿へ戻って、ティナの膝の上に座った。ティナは優しく笑って、僕の頭を撫でてくれた。
やっぱりティナは猫を撫でるのが上手い。獣人姿の時だとどうしても恥ずかしさも感じてしまうけど、猫の姿であれば素直に受け入れられる。こんな僕も昔は猫を撫でる側だったんだなって思うと、今の自分がなんだか少し滑稽に思えた。
自然と僕の喉もゴロゴロ鳴る。心地の良さから徐々に僕の瞼も閉じていく。
そして薄れゆく意識の中、ふと族長様から渡された手紙のことを思い出した。でも、流石に今ティナの目の前であの手紙を読むわけにはいかない。この手紙には、ティナの両親が殺された件の調査の内容が書かれている。内容次第では、ティナの心の負担になってしまいかねない。
だからせめて三十分だけ、ティナの膝の上でゆっくりさせてほしい。僕はそう思いながら、自らの意識を手放した。
***
ティナはいつの間にか僕を膝から下ろして、僕を懐に抱えて眠りについていた。あれからもう一時間ぐらい経っただろうか。思っていたよりも寝てしまっていたみたいだ。
ティナの眠りはそこまで深くはなさそう。たぶん後三十分もすれば目を覚ます事だろう。まだ陽も高い。ティナも相当疲れただろうし、今は起こさない様にじっとしておこう。
――手紙を見るなら、今がいいかも知れない。
僕は族長様から手渡された手紙を密かに取り出して、覚えたての魔法で手紙を宙に広げて、その中身に目を通す。
その内容は確かに「報告書」ではあった。でも思った様な緊急性のある内容でもなかった。ただここ最近の地上の様子は全く知れていないから、詳細に紙に残してくれるのはちょっとありがたい。
実はティナがこの村で暮らす様になって、僕は全く地上には降りていない。当分は降りるつもりもない。この村にはティナがいる。お父さんはこの村を守ると約束してくれたし、僕はティナを守ると約束した。今僕がいるべき場所はここなんだと思っている。
さて、改めて手紙の内容について。
どうやらやっと、帝国内でも馬車襲撃事件の話が流れ始めたみたいだ。あの事件から数週間。思っていたよりも遅かったけど、襲撃の犯人の特定には至っていないとのことらしい。
そしてこれは予想通り、帝国兵達がティナの両親と御者を殺した事実は伏せられているみたいだ。ティナも既に死んだことにされている。どうせ攫うのなら、行方不明よりも死んだことにした方が都合が良かったのだろう。
今のところ化猫の関連が出てきていない事に、僕はそっと息を吐いて胸を撫で下ろす。
だけどたった一点、気になることも書かれていた。
【帝国兵の死体の損傷が激しく、死因の特定すら叶わなかったという。現場は大規模な魔法で荒らされており、荷物は何も残されていなかった。一部では金品目当ての盗賊の魔法使いが襲ったんじゃないか、といった説が流れている】
確かに僕は馬車襲撃の際、犯行が化猫だと思われない様に、様々な手段で帝国兵をしとめた。でも決して、死体や現場を荒らすような真似はしていない。あの現場で僕は簡単な火の魔法を使ってはいるけど、帝国兵全員を魔法でしとめたわけでもない。
でもこの件について、僕には一つの心当たりもあった。
馬車内に控えていた帝国兵二人。
あの二人は僕が馬車の中に乗り込む前に、既に『何者か』に殺害されていた。その犯行は、『僕があの現場を発見してから、馬車に乗り込むまでの間』に行われていた。僕が帝国兵を襲撃する前に、技能『熱探知』で敵の数は見ていたから、この事実は間違いない。
そして、戦闘体制に入った僕の感覚すらすり抜けて現場を立ち去ったことも、信じられないけど間違いはないだろう。
――でも、いったい誰が何のために?
僕はこの答えにつながるピースを、既に一つ持っている。それは迷宮で拾った『魔法の杖』に残されたあのメッセージだ。僕はこの杖の、誰かからのメッセージがあったからこそ、あの馬車襲撃の現場に居合わせる事になったのだ。
【私を"魔導者"の元に 翌日の早朝 東の森の湖で待て】
【猫の幸せを願う同士よ この異世界で 自由を求めよ】
【"夏の希望"の 真実を知るものより】
馬車内の帝国兵二人を殺害し、猫の魔物の仕業だとわからない様に工作を行う理由を持ち、馬車内に能力「魔導者」が乗っている事を理解している人物。そして、僕の前世の名前『野又 "夏希"』を知っていて、僕をあの現場に誘導した人物。
魔法の杖にメッセージを残した人物と、あの襲撃現場を荒らしたのは、おそらく同一人物と見ていいだろう。
そして、僕の知る人物の中で最も可能性があるのは、ティナの家族を城塞国「ウォーリル」に導こうとしていた「魔導士フラン」だろうか。ティナが持っていた手紙に書かれていた「ケイシー」という人物の線もあるけど、彼女であれば帝国兵二人を殺害した後、「ウォーリル」へとティナを連れて逃げていたことだろうし。
でもそれを確定させるにしても、今は判断材料が少なすぎる。僕はこの世界のことをまだ全然知らない。この件に誰が関わっているのか、その全量を把握しているわけじゃない。
何よりその何者かは事件現場を荒らし、僕のことを庇おうともしてくれてる。とりあえず向こうから接触してくるまでは、頭の中で考えてもしかたないだろう。
それにまた何かあれば、帝国の動向を探ってくれてるお父さんから報告があるはず。だから今はお父さんを信じて、ティナの将来の事に目を向けてあげるべきだろう。
僕は静かに欠伸しながら、ティナに教えてもらった『魔法空間に物を収納する魔法』で手紙をしまいこむ。ティナの幸せそうな寝顔と安らかな寝息が、僕の眠気を更に深める。
僕はゆっくりと瞼を閉じた。今はティナとのこの平穏で幸せな時間に、身を委ねていたかった。
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【関連話】
・46. 相対するはケダモノでした その①
・47. 相対するはケダモノでした その②
・52. 決意『襲撃の後に』




