92. 未来に光を抱いて その①
僕は眉間を指で摘んで、さっきまでの会話を頭の中で反芻する。野生育ちで学習から遠退いていた僕としては、あまりに頭の痛くなる内容だった。でも、ティナと今後の将来を考えるためにも、僕もさっきの話は頭に叩き込んでおいた方が良いだろう。
僕は頭の中でさっきの話を簡単に要約しつつ、声にも出して確認してみる。
「…………えっとー。つまり魔力は魔素から作られた『生命力のエネルギー』であり、魔法や技能、能力を使うためのものじゃなくて、生命を維持する機能も持ち得てる。
魔力には八つの属性があって、属性ごとで色を持っている。更に、人も魔物では魔力の性質も違っていて、得意な属性や傾向も違っている。
後はぁ…………魔法の詠唱はイメージの補助だから無理にする必要ないけど、したほうが効果は上がるからできるだけした方がいい。えぇー、後はぁー…………えぇー…………」
言葉を詰まらせる僕に、ティナは僕の肩を優しくポンと叩いた。ティナも眉を下げて、少し困った様な顔をしている。どうやらティナも、さっきの話は整理しきれていないみたいだ。ちょっと安心。
でも僕はふと気がついた。
いつの間にかティナの手元には、薄透明の本を広げられてた。たぶん魔法で作り出したのだろう。そういえばさっき話している途中でも、この透明な本を度々手にしていた。
その本は実体を持って無いみたいだけど、頁が捲れる音もするし、書いてある内容もしっかり読むことができる。文字にはこれと言った癖はなく、ティナが書いている、というより魔法によって自動で書き記されたものなのだろう。
そして僕はその本の内容に瞠目した。
間違いない。これはさっきまでの会話の内容だ。いやそれだけじゃ無い。その要約までされているみたいだった。
ティナは僕の様子に気がつくと、クスリと小さく笑った。
「大丈夫だよ。あとで一緒に見返そう。わからないこともまだ、いっぱいあると思うから」
「そうだね! ねっ!! 本当に助かるよティナぁ!」
半ば興奮気味な僕に、ティナは暖かな微笑みを返してくれた。流石にまた族長様に説明してもらうのは気が引けたし本当にありがたい。うん。ほんとね、教えてもらう立場なんだから、僕もメモぐらい取っとけって話でしかないんだけど。
これはティナだけじゃなくて、族長様も含めて改めて、ちゃんとしたお礼は考えておかないといけない。
僕はそっと胸を撫で下ろしつつ、内心で密かに嘆息する。その一方、族長様は僕たちの様子を穏やかに眺めて、ゆったりとした動きで伸びをした。
「……っしかし、今日は頭を使いすぎて疲れたわい。儂ももう、そう若くはないのだな」
族長様の身体がポキポキと軽い音を立てる。あまりに気丈に振る舞われるから忘れていたけど、族長様はかなりのご高齢猫だ。僕も感覚を研ぎ澄ませていたはずだけど、話している途中は特に疲れている様子なんて感じ取れなかった。
でも疲労って言うのは、集中力が切れた時にドッときたりするもの。それに僕も、知識を詰め込むので、精一杯で、あまり気を遣えてなかったのかも知れない。
メモの件に続く、今日の反省そのニだ。いや思い返せば二つだけじゃ確実に収まってないかも知れないけど。
僕は族長様の背後に周り、優しく肩を揉む。能力「上感覚」は相手の身体に触れられれば、不調な部分なんて簡単に感じ取れる。ツボすら的確に刺激できたりもするのだ。
族長様はリラックスした様に、深くゆっくりと息を吐いた。
「無理はしないでくださいね。もう百年以上生きてるんですから。でも今日は本当に、ありがとうございました。僕、この世界のことよく知らないまま生きてました。それに族長様のこともよく知れましたし、本当に良い機会でした」
背後から族長様を覗き込む僕に、族長様は更に顔を緩めて朗らかに笑った。
「偉ぶった老猫の戯言と思われなくて何より。お主も色々と思い悩むことも多いだろう……レイや。家族や友やティナも気にせず、ありのままの自分で生きる。そんな選択も、儂はあって良いと思うよ」
族長様のその言葉は、化猫の「レイ」に向けられた言葉ではなかった。間違いなく、前世の僕に向けられた言葉だ。
僕は未だ、自分が「転生者」である事を打ち明けられないでいる。さっきだって打ち明けられるチャンスはあった。でも、踏み切れず適当に誤魔化してしまった。
いざ打ち明けようとして、怖くなってしまったんだ。僕が元人間だって知られて、これまで通り接してくれなくなったらどうしようって。勇気が持てなかった。拒絶されてしまったら、僕は一生後悔すると思ってしまったから。
でも族長様は前世も含めて、ありのままの僕として生きてもいいと言ってくれている。決して強制はしてない。ただ前世のことを打ち明ける場所だけ、整えてくれていた。でも僕は今日、それに応えられなかった。
「……ッはい。心に、留めておきます」
他者が思い描く理想の「レイ」でいるよりも、ありのままの自分を曝け出して自由に生きる「レイ」でいだ方が、ずっと幸せなんだって思う。秘密を抱えて生き続けることは、この上なく苦しい。
村のみんなはきっと、後者の僕であっても受け入れてくれるのだろう。いや、後者の方がずっと猫らしい生き様だろうし、好感すら持ってくれるかも知れない。
でも、理性では分かっていても、感情が理解しようとしない。あらゆる面で感じやすい、この「上感覚」が焦ったい。
やっぱり族長様とは一度、「転生」の問題を真面目に話し合った方がいいのかも知れない。「転生」の現象を知る族長様であれば、何か分かることもあるかも知れないし、僕の心の整理もつくかも知れない。
そんな僕の葛藤見透かす様に、族長様は静かに頷くだけだった。そして族長様は、次にティナへと視線を流す。
「そしてティナよ。これからお主は、人生を左右する大きな選択をすることとなるだろう。儂らはティナの選択を可能な限り尊重するつもりであるし、必要とあらば援助も惜しまん。困ったことがあれば、軽いことでも良い。ここに来ると良い」
とても暖かくて優しい声色だった。族長様にとって、種別や種族なんて関係ないんだろう。猫生経験を押し付けて高圧的な態度は取ったりもしないし、生き方を強制したりもしない。ティナに対しても子供扱いをしたりせず、一人の自立した人間として接している様に感じる。
ティナは思い悩む様に、そして覚悟を決める様に、自分の胸の前でぎゅっと両の拳を合わせて握った。
「はい…………あの。今はちょっと色々、考えないといけないことも多くて、心の整理もつかなくて…………また、ここに来させてください」
「良いよ。どの道を選ぶのか、いつ選ぶのかはティナの自由。ティナの選びたいと思う、生きたいと思う道を選ぶと良い」
「はい……!」
瞳を潤わせながらも力強く頷くティナ。この子が前世の僕よりも年下であることが信じられないぐらい。
族長様もそんなティナの様子に、更に顔を緩めた。
「焦ることはない。今のティナには『覚級中位』を無詠唱で扱える力もある。魔力の性質を理解した今、『聖級上位』の魔法ですら理解はそう難しくもないだろう。そして、魔法を理解した先にも、また新たな道も見えることだろう……」
族長様の声色は相変わらず優しいけれど、その言葉に僕は突っかかりを覚えた。僕が聖級魔法の概念を知ったのは今さっき。もちろん僕には『聖級魔法』に分類される魔法が、どんな魔法なのかといった知識もない。
でも僕の「上感覚」は族長様の微かな思いをしっかり感じ取っていた。
聖級魔法はティナ自身、自分で身を守る大事な手段にもなる。そして無理ばかりする僕を止める手段にもなってくれる事だろう、と。
特に後者の意思についてはティナじゃなく、明確に僕に向けられている気がした。族長様は一瞬だけ、後方のにいる僕に視線を向けるような素振りをしていたし、勘違いじゃないだろう。
僕は感情で突っ走る事は少なくない。それは自覚してる。僕のことを大切にしてくれてるから、魔法を極める道をティナに示してくれているんだろうけど、どうにも悶々とした感情を抱いてしまう。
だってやっぱり、僕はこれ以上ティナには、魔法や能力に振り回されるような、そんな道を選んでほしくないから。
僕は意を決して、二人の間に割り込む。
「……族長様。魔法や能力と向き合うことは大切ですけど、聖級上位なんてそう必要になる事はないでしょう。流石に過剰です。それに! ティナを守るのは僕の役目ですからね! ティナが聖級魔法なんて使わなくていいように、僕が精一杯鍛えるので、ね! 問題はないんです!」
「ふふ、やっぱりレイは頼もしいね」
勢いで胸を張る僕に、ティナは表情を柔らかくして微笑んだ。僕はやっぱり、この濁りのない笑顔を守りたい。こんな少女に戦いが視野に入る様な選択をして欲しいとは思えない。
族長様は僕たちの様子見て、顎髭を触りながら小さく唸り声を上げた。
「……これは対等というより共依存か……?」
「何か言いました?」
「いや何でもないわい。聞こえておろうに……まぁ良いが、聖級下位には『上回復〈グレーターヒール〉』という魔法がある。覚えておいて損はないかと思うぞ」
族長様は半分諦めた様に、深い嘆息を漏らした。本当に族長様には申し訳ない。族長様が僕のことを思ってくれる気持ちはとてもありがたい。でも、今の僕はティナの幸せの方が大切だ。
それに、僕が傷ついて悲しむ人や猫がいると自覚してる今、迷宮攻略みたいな無鉄砲な真似をまたしようとは思ってない。能力の抑制なら、僕もこれまでも頑張ってきたんだ。この数日で色々な事を経験したし、いろんな事を学んだ。
ティナがこんなに頑張ってるのに、ティナに僕の感情の制御の問題まで、背負わせるわけにはいかない。
「わかりました。それぐらいは無詠唱でも扱えるように頑張ります。レイのためにも」
そして今度はティナが心強く、そう宣言してみせる。ティナの華奢で儚げな外見からは想像できないぐらい、その心は強く真っ直ぐだ。
でも回復役だけであれば、前線に出させる必要もないし、ティナになら安心して任せられる。それぐらいなら後で手伝ってあげようかな。
そんな僕たちの様子を見て、族長様はまた一つ、大きなため息を吐いていた。
「……はぁ。まったく、最近の若いのは末恐ろしいものよのぉ」
それでも族長様は穏やかに笑ってくれていた。族長様は心から僕達のことを理解しようと考えて、手を差し伸べようとしてくれてる。
僕は改めて、こんな心の広い、頼りになる猫がいるこの村に生まれて良かったって、心から思ったのだった。
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