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108. 主従『赤い瞳の傍観者』


 野生の化猫「レイ」が帝国の襲撃者との決着をつけた頃。

 ユグコットルの大森林の外れで、魔法使いが一人佇んでいた。黒色のローブで全身を覆い隠し、憂いを帯びたその赤色の瞳で空を眺めている。

 そんな彼女の周囲には、直径五メートルはあろう赤色の氷塊が無数に立ち並んでいた。これらの氷塊はついさっき、彼女が氷属性の魔法によって作り出した代物である。


 彼女はフードを外し、その整った顔を日向の元に晒すと、氷塊の一つに背をもたれかけた。

 氷塊から漂う強い冷気により空気中の水分が結晶化し、彼女の周囲がキラキラと光照らされる。それが更に、大人びた彼女の儚さを際立てさせていた。


 

 彼女の名は「ケイシー・バーネット」。

 補助系統の魔法を得意とするB級ソロの冒険者——というのは表向きの顔であり、その実態は城塞国ウォーリルの"女王様"お抱えの宮廷魔導士である。


 そんな彼女は今し方、一仕事終えたばかりだった。

 C〜B級相当の帝国兵二十名。能力者「水体」一名を氷属性の魔法により氷塊に閉じ込め、地属性に該当する鋼の槍の魔法によって、氷塊ごと針串刺しにした。

 彼女が仕留めた帝国側の勢力は、レイが相手取った襲撃者が最後に助けを期待していた、第二の刺客たちであった。



 これで帝国勢力の襲撃は完全に潰した——などと安堵して気を緩める余裕は、今の彼女には無い。

 ここ最近の彼女は特に、予測不能な要因に振り回されてばかりで気が張っていた。理不尽な横槍。素性の知れない魔法使いからの妨害。

 予想外な出来事の数々のおかげで、この帝国に来た目的の一つである「ティナ・エイミスの保護」も、こんな遠回りをする羽目になってしまった。



 そしてそれは今もそう。度重なる予測不能な事柄に、彼女は頭を悩ませていた。


『野生の猫たちによる、獣国への瞬間転移〈テレポート〉』

『異常なまでのチカラを持つ上感覚の化猫』

『焼け広がるユグコットルの大森林』


 すでに彼女が事前に立てた計画からは、大きく外れてしまった。なんとか最悪の事態は避けられてはいることだけが救いではあるが、あまりにも綱渡的状況に、彼女の胃は痛むばかりだった。


 彼女は積もりに積もった心労に、今日何度目かの大きな嘆息を漏らす。

 

 

「……初手、あの猫の縄張りに立ち入らなかったのは正解でしたね」


 

 まるで誰かに語りかける様に、空を見上げて一人呟いた。


 それは数刻前。ユグコットルの大森林に立ち入ろうとした際、彼女は不自然な魔力に気がついた。魔法に対して造詣の深い彼女だからこそ認識できた、あまりにも些細な違和感。

 まるで広範囲に探知魔法を展開させているような魔力が、森中を薄く漂っていたのだ。この世界屈指の探知魔法の使い手である彼女ですら、これほど最適化された探知は見たことはなかった——もっとも、探知魔法の魔力の流れを目視、認識できる魔法使いなど、この世界でも一握りしかいないのだが。


 

 もしこの魔力に気が付かず森に立ち入ってしまっていたら、とんだバケモノの相手することになっていたことだろう。興味本位で触れなくて良かったと、彼女は内心胸を撫で下ろす。

 


 そして次の瞬間、ケイシーの独り言に応えるかの様に、とある少女の声が彼女の脳内に響いた。

 


『——えぇ本当に。何をどうしたらあんなバケモノが育つのかしら。自然の神秘と片付けるには、あまりに規格外が過ぎるのよねぇ…………まっ、コチラとしては嬉しい誤算だからいいんだけど。帝国のヤツらからしたら、今の状況はたまったものじゃないでしょうねぇ』


 

 心底愉快だ、と言いたげな声色でケイシーに軽口を返した少女。幼なさは残るが、同時に大人びた妖艶さをも併せ持つ不思議な声。その声はケイシー以外には聞こえないし、その声の主がこの現場にはいるわけではない。

 魔法や技能とも異なる。その少女の持つ能力「眷属けんぞく支配」の効能によって遠隔で念話をしているのだ。

 この能力を用いれば、視界の共有なども容易い。実際にケイシーとその少女は今、ユグコットルの大森林の上空を飛ばせた一匹の烏の視界から、現場の様子を傍観していた。

 


『ねぇケイシー、これはただの興味なんだけど。もしあの猫と真正面からやり合ったとしたら、貴女勝てる?』



 まるで子供が遊びで話す様に、少女はニヤけながらケイシーへと問うた。一瞬眉をピクリと動かして、顎に人差し指を当てるケイシー。


 少しの間、沈黙が場を支配する。



『…………あーー、ごめんなさい意地の悪いことを聞いたわね。貴女の強みはアレとはまた違うもの。貴女はよくやってくれてるわ。そ、そう気に病まないで?』


 

 沈黙に気まずさを覚えた少女は、咄嗟に労りの言葉を投げた。少し無神経な事を聞いてしまったかと、ケイシーの様子を窺う。

 実際、少女はケイシーのことを重く信頼している。それこそ、「ティナ・エイミス」を手中に収め育成する手間を要するぐらいなら、彼女に投資した方が有益だと思うほどに。

 

 しかしその一方で、ケイシーは特に気にする様子も見せず思考にふけるばかりだった。


 

「……あっいえ、申し訳ありません。違うんです。ただ今も、図りかねる部分が多いものですから……」

 


 ケイシーは青空から視線を落として、顎に人差し指を当て更に思考を深める。

 真面目にあの猫を相手取ったとして、自分の力がどこまで通用するのか。あまり情報の揃っていない中で語りたくはなかったのだが、主人が答えを求めるのなら致し方ない。

 ケイシーは目を細めて、その重たい口を開いた。

 


「しかしそうですね。今見えている範囲だけで語るのなら、負けはしないと思います。勝てる見込みもありませんが。お互いに情報を得て撤退するか、させるか、ぐらいが想像しやすいですね」


 

 そしてケイシーは大きく息を吸う。



 ——これはまずい

 

 少女は瞬間そう思うも、もう手遅れであることを早々に察した。今の彼女は、発動寸前の爆裂魔法と同じ。

 少女はせめてもの抵抗として、ケイシーから伝わる念話のボリュームを密かに下げた。


 

「あの猫について、技能の多様さに目がいきがちですが、真の強みは「思考力」と「判断力」にあると、私は思ってます。あの猫はどんな場面でどの『技能』を使えば状況を打開できるのか、それを瞬時に判断できるだけの思考力があるんです。それも、あれだけの戦闘スピードの中で、ですよ? もはや人間の思考領域さらら軽々しく超えてますよね。野生と言うにはあまりに理性的。感覚的な慣れ、なんでしょうか? とても気になるところではありますよね」


 そして彼女の口は更に加速し、徐々に声量も増していく。


「しかしそれはそれとして。私個人、一魔法研究家としては、あの猫がしていた魔法攻撃の対象方法については、調べ上げておきたいところではあるですよね! 確実にあの猫は『魔法が発動する直前に』回避行動を取っていたんですよ——まぁそれを言えば魔法だけでなく、全ての攻撃に対して、ではあるんですが。しかし魔法が発動する直前にだけ、あの猫耳がピコピコ動くんです! なんとも可愛らしい仕草ですが、もしかて魔法が発動する時、人間の聴力では聞き取れない音でも——」

『あーハイハイ分かった! もう分かったからストップ! もういいから! 私が悪かったからもうこの話はお終いにして頂戴。あの猫についてはまたゆっくり時間でも作って聞くから』

 


 かなり早口で語るケイシーに、少女は片手で頭を抑えながら静止をかけた。

 ケイシーの洞察力の高さは、この少女も高く評価しているところだ。しかし、一度スイッチが入ると止まらなくなってしまうのは、魔法研究家としての一面を持つ彼女の悪い癖でもある。

 まだまだ語り足りない、と言わんばかりに若干頬を膨らませるをケイシー。少女はそんな彼女を愛らしく思い、朗らかな笑いを漏らした。


 

『この仕事が片付いたら、ゆっくり紅茶でも飲みながらお話しをしましょうか。貴女の好きな焼き菓子も用意しておくから』

 

「……承知いたしました。それで妥協しましょう。それに、今はそれ程時間に余裕がある様な状況でもありませんしね」

 


 ケイシーは軽く肩を竦めながら、森の方へと視線を向けた。

 ユグコットルの大森林は今、火の手に脅かされていた。それもただの炎では無い。森から魔力が消えない限り消えることのない『炎魔』。帝国側はこの後始末をどうするつもりなのかと、彼女達は二人密かに眉を顰めた。



「いいがいたしましょうか? あの猫が消耗している今なら、このまま強硬手段に出てしまうのも、一つの手だとは思いますが」


 

 気を取り直して、ケイシーは次の一手について話を戻す。元よりケイシーは、強硬手段を取るのも藪坂ではないと考えていた。

 そもそも森の猫たちが獣国「セリアス」への転移を始めた時から、ケイシーは強制的に「ティナ・エイミス」をこの森から避難させようと、策を弄していたのだ。


 それは「ティナ・エイミス自身が転移する瞬間に、転移陣の転移先の座標情報をセント・ウォーリルに書き換える策」である。

 実際、森の外からでも魔法陣の一部を書き換えることなど、ケイシーにとって造作もないことだった。「固有結界」に阻まれようが関係ない。相手が「魔導者」であっても、自身の研鑽した魔法技術があれば乗り越えられると踏んでいたのだ。


 

 しかし結果的に、その策は不発に終わった。

 そもそも最後の転移が成功しなかったのだ。愛猫を置いて逃げられなかった、彼女の心の弱さが原因か——否、ティナの魔法に不備がなったことは、魔法陣に実際に手を加えたケイシーが一番理解していた。


 

 間違いなく、最後の瞬間転移〈テレポート〉は発動していた。ケイシー自身も、帝国の襲撃者を相手しながらだったために、あの時何が起きたのかは完全に把握出来ていない。しかし確実に、何かしらの妨害があったことは、疑いようもなかった。

 何より転移が失敗した直後、ティナ・エイミスの様子が明らかにおかしくなったのだ。まるで『化猫と襲撃者の闘いを見ていたかの様に』、的確にあの猫の元へと転移し、そして光魔法を防いで見せた。


 ケイシーはこの不可解な現実に、一つの心当たりがあった。


 いくら探ろうとも、全く素性が掴めなかった魔法使い「フラン」。

 またあの魔法使いにやられた。ケイシーはそう直感した。これまでもそうだった。あの魔法使いのおかげで、『蠱毒の地下迷宮ダンジョン』に足を運ぶハメになり、そしてそのおかげでティナ・エイミスへの襲撃を防げなくなった。

 あの魔法使いの動きだけは、警戒していようが防げない。悔しいが陰で動くことにおいては、彼女の方が一枚上手だと認め、後手に回るしかないと考えていた。



 今、あの猫はさっきの死闘でかなり消耗している。ティナ・エイミスも、魔力量は年相応の少女。更に化猫の族長の魔力もほとんど尽きかけ。

 無理やり手を下せば、「魔導者」だけでなく、「上感覚」すら保護することは難しくはない——またあの魔法使いに妨害されない限りは、だが。

 


 ケイシーのその提案に、少女は難色を示した。


 

『そうねぇ。それが一番手っ取り早いのだけど…………できればあの猫に嫌われるような事をしたくないのよねぇ。是非とも、あの猫は私たち側に引き込みたいところではあるし…………なんか良い案とかない?』


 

 半ば投げやりにケイシーに投げかける少女。軽くあくびを噛み殺していたのが、念話越しのケイシーにも伝わった。

 しかしそれも無理もない。まだ陽も高い時間帯。昼夜の逆転している少女にとっては、普段寝ている時間帯なのだ。

 ケイシーはおねむな可愛らしい主人に、密かに口角を上げる。

 


「承知いたしました。交渉事は全て、私にお任せください。出来る限り穏便に、こちらの素性を探らせずに手を打って見せましょう」

 


 この場に少女がいるわけではないが、ケイシーは深く礼をする。我が主君があの猫を取り込みたいというのならば、その期待に全力で応えるまで。


 

 ケイシーはゆっくりと両眼を閉じる——すると彼女視界が、ユグコットルの大森林の上空を飛翔する烏へと完全に移り変わった。その烏の身体も、彼女の意のままである。

 その烏のもう片方の瞳も赤へと染まる。そして森の中からこちらを睨みつける化猫の元へと、優雅に舞い降りたのだった。


最後までお読みいただきありがとうございます!


もし本作について「先が気になる!」「なんか面白いかも?」等思ってくださいましたら、『ブクマ』や下あたりにある『⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎』にて評価をいただけましたら嬉しいです!


【関連話】

・57. 帝国 『二つの影』 その②

・84. 救済『弱者の善意』 その①

・85. 救済『弱者の善意』 その②

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