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103. 開戦『多重の恩恵』


 眼前の男は不敵な笑みを浮かべながら、地面から浮き出た「扉の模様」に両掌をかざした。さっきまでただのふすまの様な模様だったソレが、魔力を注がれたことで、その姿を鮮明なものに変えていく。扉の奥から薄らと感じられた「熱を帯びた球体」も、今やその熱が扉越しからはっきりと感じとれる程。

 この扉は『技能』や『魔法』の類じゃない。間違いなく「能力」だろう。

 


 そう呑気に僕が観察する中、地面のふすまが開き始める――その寸前、僕はすかさず技能『反応速度強化』と能力「上感覚」を最大限に働かせ、体感時間を引き延ばし、擬似的に時の流れを止めて見せた。

 この体感時間の引き延ばしある限り、僕は戦いの中で判断を誤ることはないし、不意打ちなんて通じはしない。



 さて、これからどう立ち回るべきだろうか。



 引き延ばした体感時間の中で、僕は心の中で一息つきながら状況を観察する。この男について色々気になることはあるけれど、ひとまず優先すべきは扉の奥に潜む「熱を帯びた球体」だろう。ふすまが薄ら開いてくれたお陰で、今ならその正体もはっきり感じ取れる。

 

 初めは球状の魔道具なのかと思ったけど違う。これは『熱を帯びた魔力の塊』そのものだ。固体ですらない。赤い魔力――火属性の魔力が圧縮された、掌サイズの球体。『魔力のエネルギー弾』とでもいえばいいのだろうか。こんな高濃度の魔力の塊作るぐらいなら、普通に火属性の魔法を使っ方が燃費は良さそうなのに。

 とか一瞬思ったけど、その火属性の「魔力に秘められた性質」を感じ取って、僕は内心で深く嘆息した。



 この攻撃をもろにくらったら、おそらく致命傷は避けられない。

 


 しかし焦ることもない。被害範囲と回避ルートについては、僕の「視覚の能力」によって既に見えている。

 僕の視覚は「数秒先の未来を見透せる」。相手の体の動きや癖、更に魔力の流れや性質を読み取ることで、これから何が起こりうるのか予測することができるのだ。知識が絡むような事でもない限り、僕のこの未来予測が外れることはない。


 

 僕は技能『反応速度強化』をゆっくりと緩めて、体感の時の流れをゆっくり元に戻していく。その最中さなかに、全力で後ろ脚に力を込めて、直ぐにバックステップを踏める様に体制を整えた。加えて横方向への回避ができる様に、技能『固空』により空気を固め、逃げ道となる足場も作っておく。



 準備は万端。僕は技能『反応速度強化』を完全に止めて、体感時間の感覚を元に戻した。その瞬間、勢いよく僕の体は後方へと跳ね飛ぶ。


 

 そしてようやく、地面のふすまが開いた。


 

 熱を帯びた魔力の球体が、音もなくふすまから飛び出した。速度はプロ野球選手の投球並みか。そこそこ速い。

 魔力の色を認識できる僕だからこそ、この魔力の塊を視認できてるけど、常人にはこの塊を視認することはできないのだろう。



 確かにこの合わせ技は驚異的だ。何の前触れもなくあらわれる「魔法の扉」と、そこから飛び出す「不可視の魔力爆弾」。

 こんな相性の良い能力を持ってしまったら、僕の「上感覚」にも太刀打ちできるなんて幻想、抱いても仕方ないかもしれない。


 

「――『爆蕾ばくらい』ッ ――開花ッ!」


 

 男が地面から手を離し、指をパチンと鳴らしたその瞬間――魔力の塊が急激に熱を高め、激しい爆発を起こした。



 耳を劈く鈍い衝撃音。周辺の木々を薙ぎ倒す程の爆風と、木々の破片が森の中を掻き乱す。

 爆発の衝撃は凄まじく、男の前方に広がっていた木々をことごく薙ぎ倒していた。やはり爆発の衝撃波の方向ぐらいは操作はできるらしい。


 

 僕は爆発する寸前、『固空』によって整えた足場を利用して『空蹴り』で横方向へ跳んだことで、爆発範囲からは逃れられた。

 けれど爆発音が煩すぎて、甲高い耳鳴りがキーンと今も頭に響いてる。次爆発を感知した時には、ちゃんと聴覚を抑制しておかなければ。

 

 僕は眉を寄せつつ、技能『隠密』を使いながら草木の中に身を潜める。そしてゆっくりした動きで、衝撃に揺れ鳴る葉音に紛れながら、男の背後まで回り込んだ。


 

「……チッ、避けられたか」


 

 男は顔を顰めてキョロキョロと周囲を見渡している。罠じゃない。本当に見失ってくれたようだ。身に秘める魔力量は多いものの、生命を探知する様な力はないらしい。



『お前を殺す前に、いくつか聞いておきたいんだけどさ。僕の能力のこと、全部を知ってるわけじゃないのかな?』


 

 僕は『隠密』で身を潜めながら男へ問いかける。実際に声を飛ばしているわけじゃない。技能『言語翻訳』と『精神干渉』によって直接脳内に伝えているから、位置がばれる心配はない。


 それより気になっていたのは、男の人格が切り替わった時に放った言葉。コイツは僕のことを「上感覚のクソ猫」呼ばわりした。

 ティナの居場所を奪い、両親を殺した輩にクソと罵られる筋合いはないんだけど、それより僕の「能力名」を口走ったのは明らかにおかしい。


 「どんな能力を持っているか」なら、馬車襲撃の痕跡を調べたら探れたのかもしれない。でも「能力名」に関しては『ステータス』を見なければ、分からない情報だ。例えば、ティナの完璧な魔法を見て「魔法を扱いやすくなる能力を持っていること」は分かっても、「能力名が魔導者であること」が分からないのと同じ。


 おそらくは帝国側に、魔力の痕跡から『ステータス』を覗き見れるような能力者がいるか、そういった魔道具があると考えるのが妥当だろう。

 それに、僕の能力「上感覚」の全てを知った上でこんな襲撃をしたのだとしたら、随分甘く見られたものだと思う。



 僕の問いに男は鼻を鳴らした。

 しかし表面上冷静に見える様取り繕っているだけだ。内心で焦っていることが、僕には明け透けて見える。

 しかしまた男の様子がおかしい。さっき扉の能力を発動させた瞬間と比べて、落ちつき過ぎている。『恨み』や『憎しみ』といった感情のニオイも、今は完全に失せていた。

 今の感情は『少しの不安』と『興味』と言ったところ。どうやら人格は二つだけじゃないらしい。おそらく僕への恨みから意図せず、あの荒っぽい逆ギレ人格が飛び出てしまったんだろう。


 

「……素直に答えてやる馬鹿がどこにいると?」


『分かってないね。僕の質問を聞いた時点で、お前は「すでに答えてる」んだよ…………これも僕の「上感覚」の全てを分かってない証拠だ。知ってるのは『ステータス』で読み取れる情報だけかな?』


 

 僕の「上感覚」に嘘は通じない。隠し事もできない。

 瞳孔の変化。視線。表情。心臓の鼓動。呼吸。声色。体臭。体温。魔力の流れとまぁ、あげればキリはないけど、僕の問いに反応さえしてくれれば、肯定や否定ぐらいは簡単に読み取れる。


 流石に具体的な答えまでは分からないけど、やはり知っているのは『ステータス』で得られる情報だけらしい。

 

 男も僕の能力名が「上感覚」であることは知っている。どんな能力か詳しく理解していなくとも、この能力名から、感覚が鋭くなることで嘘や偽りを見通すことができることぐらいは、察してくれた様だ。


 

 男は背に汗を滲ませながら、左掌にまた赤色の魔力の塊を作り出す。半ばやけっぱち。戦闘経験はあまりないらしい。それに、さっきの爆弾よりかは威力も低い様にも見える。


 さて、これからどう料理してやろう。


 見当違いの方向に音を立て、不意打ちを仕掛けるもよし。男が作り出した魔力の塊『爆蕾ばくらい』めがけて『圧水射』で暴発させてやるもよし。


 いいや、今のコイツ相手なら方法は一つか。


 僕は技能『筋肉流動』『筋圧縮』により、後ろ脚に力を込めた。そして姿勢を低くして、獲物を見定めて腰をユサユサと振るう。

 やるなら力押し。下手な小細工を使うよりも、純粋な力でねじ伏せるのが、この男の心を折るのに一番手っ取り早そうだ。



 足場にしてしていた木を薙ぎ倒す勢いで、僕は男へ突撃する。更にそこから『空蹴り』によって加速を深める。

 僕が蹴り飛ばした木が衝撃で折れる音に反応して、男は辛うじてこちらに振り向こうとした。


 

 しかし全てが遅い。

 狩猟本能全開の猫相手に、人間の反射程度で対処しきれるわけもなし。

 


「ッ開――」



 『爆蕾ばくらい』を起爆させるよりも前に、僕は技能『尖爪』と『甲化』により爪を尖らせて、男の首を深く抉り切った。頭をね飛ばせはしなかったものの、首の半分まで爪は到達している。頸動脈どころか喉骨まで裂いた。

 コイツが普通の人間であったなら致命傷となるはず。


 

 僕は体を宙で反転させて、軽やかに男の正面に着地して見せる。

 これで終わってくれれば、最後の転移には間に合うはず。だけどダメだろう。首を切り裂いた感覚から、僕はこの男の『肉体の謎』を全て理解してしまった。


 この男が「なぜ複数の能力を持っているのか」。「なぜ複数の人格をもっているのか」。そして僕が「この男の魔力に対して、何故嫌悪感を抱いたのか」。


 

 今は猫の体だけど、自然と舌打ちが漏れそうになる。そんな僕を横目に、眼前の男は首から血の飛沫を巻き上げながら、首元を押さえていた。


 

「ッグッ……アガッ……」


 

 呻き声を上げて苦しんでいる様に見えるけど、その瞳は光を失っていない。まるで獲物を狙う蛇の様に、僕を睨みつけている。たぶん、この人格には痛覚とかはないんだろう。

 僕は尻尾の毛を逆立てながら、技能『闘気』により更に身体強化を重ねる。その様子を見て、小細工は通じないと分かったのか、男は薄く笑った。


 

『首をさばいても死なないところ、回復――というより「再生の能力」もあるんだね。収納と転移の「扉の能力」と、「爆発する魔力の能力」と合わせると、能力は三つで全部かな?』


 

 族長様やティナからは、「能力は一つの魂に一つしか宿らない」って話を聞いたことがある。つまりこの世界において、能力を三つ持って生まれる人間なんて存在しないのだ。

 そこで繋がるのが、男が所有している「複数の人格」。魔力に直に触れて確信したけど、コイツは生まれつきの多重人格者じゃない。


 謂わば、造られた多重人格。

 この男の体には、複数人の人間の魂が閉じ込められている。魔力に直接触れた感覚、おそらく数十人程。それらが全て能力者の魂なのかは分からない。でも、この男がティナを攫おうとしている現実や、複数の能力を実際に所持している現実を見るに、この肉体を造る上で、多くの能力者の犠牲になったことは間違いないだろう。


 僕がどうしてこの男の魔力に嫌悪感を抱いたのかも、今ならその理由も理解できる。複数人の魂が入り混じった、ぐちゃぐちゃの魔力。自然には存在しない生命体。僕の野生の本能が、この人間が『人工的に弄ばれた生命体』であることを、直感で感じ取ってしまったんだろう。



 今も僕の眼前では、男が薄気味悪く喉を抑えながら笑っている。その反応含めて、僕の心は怒りで煮えたぎっていた。頭に血が上り顔が熱い。

 しかし感情に身を任せて動くのは危険だ。僕は必死に理性で感情を押し殺し、全身の毛を逆立てるに収めた。

 


「ッ…………はははっ。想像、以上だな。お前を少し、甘く見てたよ。弱小種族として知られる化猫に、まさかこんなポテンシャルがあるとはな」


『乗り気じゃないのは初めの人格だけか。こんなことに巻き込まれて、こんな体に閉じ込められて…………本当に、可哀想だよ…………別にお前に説教する気も起きないんだけどさぁ。恨みや憎しみもなく、今の状況を遊び感覚で楽しもうとしてるお前は、いったいなんなの?』



 僕がこの男と出会った時の人格。あれは間違いなく幼い男の子だった。自分の名前もわからない。ここがどこなのかも、救いを求める母の顔すらわからない。

 何も分からないまま、魔物の潜む森に放り込まれて泣いていた。助けてと懇願していた。力も何も望んでいなかった。

 それなのに、あの子は能力者という理由だけで殺されて、こんなチグハグな肉体に閉じ込められてしまった。魂が抜かれた元の身体が生きた状態で保管されてるとは思えない。この身体が死ねば、あの子もおそらく死んでしまうんだろう。



 男はヘラヘラした様子で、両手を横に広げ小首を傾げた。その軽々しい仕草が、更に僕の神経を逆撫でる。


 

「何、と言われてもなぁ。強いやつを前に、どこまでやれるのか試してみたい。当たり前の感覚だろ? 折角、この世界でも屈指の反則チートな能力と肉体を授かったんだ。好き勝手生きなきゃ逆に損だろ?」


『分かったもういいよお前。何も話すな』


 

 この男自身、自分の中に複数の人格があることを知っているはず。それなのにこの男は、さっきっから自分にしか興味を持ってない。全てお遊びの感覚でものを語っている。さっき一瞬出てきた逆ギレ乱暴人格の方が、まだ明確な目的を持ってる分マシとすら思える。


 たぶん僕はこの男と一生分かりあえないのだろう。コイツとこれ以上話していたら、精神衛生上あまりよろしくないかもしれない。



 僕は深く息を吐く。話が通じないのなら話す必要はない。別にこの男と話し合いにきたわけじゃない。

 僕はその男の目を見据えながら、意識を集中させ技能『精神干渉』を仕掛ける。


 

『ステータス』



 ――――――――――

 種別:混魔種族〈ミックス〉

 種族:屍肉魔人形〈ネクロゴーレム〉

 名前:「*カナシ *ウタ」「バー*ス・ギ**ート」

    「****************

 能力:「扉〈ドア〉」「超速再生」「爆性魔力」

 技能:『爆蕾ばくらい』『濃魔丸』『炎魔』『瞬加速』

 ――――――――――



 僕は男の『ステータス』を強制に覗き見る。

 能力はこれまで見た三つで全部か。おそらく今の人格が、前世の僕と同郷っぽい名前のやつでいいだろう。この世界にも前世と似たような国があるのか、それとも僕と同じ「転生者」なのか。まぁどちらにしろ、僕がやることは変わりはしない。

 注意すべきは技能『瞬加速』ぐらいか。それさえわかれば今は十分。



 男は僕に『ステータス』を覗かれて、心底驚いた様に瞠目し、左掌に『爆蕾ばくらい』を構えた。起爆まで時間がかかるのに悠長なものだ。

 


「ッ!? コイツ俺のッ――」

『悪いけど、お前を気持ちよく負けさせてやる気もないから』


「――ッチィ!」


 

 次は確実に頭をね飛ばす。

 牙を剥けた虎の様な形相をし、全力で差し迫る僕に男は恐怖を感じながら、『爆蕾ばくらい』を手元で起爆させた。男の片腕は吹き飛んでいたが、再生能力もあるし関係ないのだろう。


 

 さっきの爆発より規模は小さいけれど、正面から受ける気もない。自己を犠牲にして起爆する未来は既に見えていた。

 僕は『空蹴り』により上方向へと回避をして、改めて男がいた場所へ視線を向ける。


 

 しかし土埃が晴れた頃には、既に男は姿を消していた。おそらく地面に設置した「扉」の中に逃げたか。あの扉は「モノを収納する魔法の性質」と、扉から扉に物体を移動させる「転移の魔法の性質」があると見ていい。


 僕は『固空』により空気を固めて、空中で立ち止まり周囲を見渡す。またどこから「扉」が現れるのか、神経を尖らせて周囲を警戒する。


 そんな中で、森の中からふと男の声が響き渡った。


 

「聞いていたよりずっとハードだが、この緊張感も堪んねぇなぁッ…………「魔導者」って能力も魅力的だが、お前の「上感覚」も是非とも使ってみたいッ!」



 男は興奮おさまらない声で、気色悪い笑い声を漏らしている。即座に声の発信源を特定はできたものの、声だけを「扉」を経由して発信しているのか、本体の位置特定まではできなさそう。

 しかしこの男の言動は、まるで欲しい物を前にわがままを言う子供そのもの。そこに人命が絡もうが、誰かが不幸になろうが知ったことじゃない。ただ純粋に力を欲し、それを試したいだけ。

 これが僕の心を乱す作戦なのだとしたら大成功だ。



 そして次の瞬間。男が自爆した地面に、無数の「扉」が現れた。その扉の様式はさまざま。和風なものから洋風なもの。スライド式から開閉式までいろいろなバリエーションがある様だ。


 今見えている扉の奥に、あの男の気配はない。粒子状に飛ばしている魔力に神経を使えば、視界外に設置された扉を探し出して、中身も探れるかもしれない。

 しかし奴の性格上、身を隠しながら僕を爆殺するなんて手段は取らないはず。いつかは絶対に姿を現す。現に今設置された扉の奥には、『爆蕾ばくらい』が仕掛けられた様な熱も感じない。



「ここからが「扉〈ドア〉」の本領発揮だッ!」



 その瞬間、地面に設置された無数の扉が一斉に開いた。そこから散弾のように、魔力の塊が飛び出す。これはさっき『ステータス』にあった『濃魔丸』だろう。実際にこれに被弾したとしても、爆発もしないし、普通の人間が当たっても痛くはないだろう。しかし何かしらの意図を持って、仕掛けてきてるのは間違いない。


 僕は肩を竦めて、技能『闘争強化』により身体を更に強化する。長期戦となれば、再生能力を持つ奴に軍配が上がる。何より純粋な魔力量は奴の方が上。こっちは冒険者襲撃から能力をずっと使い続けていて、既にかなり消耗してる。


 僕は乱れ撃たれた『濃魔丸』の軌道を読む。じっくり回避ルートを見定めながら、自分の付近に「扉」が現れないか、僕は更に警戒を深めたのだった。


 

最後までお読みいただきありがとうございます!


もし本作について「先が気になる!」「なんか面白いかも?」等思ってくださいましたら、『ブクマ』や下あたりにある『⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎』にて評価をいただけましたら嬉しいです!

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