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102. 彷徨える歪


 一度目の転移を終えて、ティナは肩で息をしながら僕たちへ顔を向けた。魔石の魔力頼りでの魔法行使だったとは言え、流石に聖級上位ともなるとその反動も大きかったらしい。かく言う僕も、能力を酷使しすぎてるせいか少し頭が痛んできてる。

 

 けれど、振り向き見せたティナの顔はとても晴れやかだった。彼女の翡翠色の瞳には、今も希望の光が宿っている。後二回の転移だってやり遂げて見せるという、固い意志を感じさせてくれていた。


 族長様も額に汗を滲ませていたけど、ティナの顔を見て朗らかな笑みを浮かべていた。


 

「ティナよ、連続でいけそうかな?」


「はいっ……! 私は大丈夫です。族長様、レイ。もし辛かったら、二回目の転移は私だけでも…………」

 


 族長様からの問いかけに、ティナは浅く視線を落とした。きっと今の転移で、完璧に感覚を掴んでくれたんだろう。ティナは物覚えがとても良いのだ。それこそ一度使った魔法の感覚は決して忘れない程に。

 熟練の魔法使いが扱えるとされる聖級上位の魔法でも例外じゃないのは驚きだけど、ティナが出来るって言うなら二回目以降、僕の補助はあんまり意味をなさないのかもしれない。


 ティナ一人に任せて失敗するとは微塵も思わない。だからと言って、何もせず傍観していられる僕でもない。成功する確率を1%でも上げられるのなら、僕はこの力を尽くすつもりだ。

 それは族長様も同じ気持ちみたいで、その長い顎髭を撫でながら暖かい目をティナへ向けていた。


 

「ほほほっ、その気遣いは実にありがたいが、ティナ一人に頑張らせるわけにもいかんよ。後二度、早くやりきってしまおうか」



 そうして族長様は、立て続けに第二陣の面子を魔法陣の上へ移動させた。一回目の転移で掴んだ感覚から、少しだけ転移させる猫数を増やしてはいるけれど、やっぱりティナの最低三回の見込みは正しそうだ。

 


 少し誤算があるとするなら、魔石の魔力がこの二回目の転移でほとんど尽きてしまいそうってこと。おそらく三回目の転移は、僕とティナと族長様の魔力頼りになるだろう――もっとも、僕とティナの魔力を合わせても雀の涙程度で、頼りになるのは族長様の魔力になるんだけど。


 一応、僕の感覚的に魔力は十分に足りる想定だ。化猫の村を守るために永続的に維持していた「固有結界」を解いた分、族長様の魔力はそれなりに潤沢になっている。転移の実行に関しては問題ないだろう。


 ただ転移魔法の反動を考えると、族長様の身体が心配ではある。魔石頼りでもそれなりに反動が大きいっていうのに、加えて自身の魔力を多大に消耗するとなれば、その反動もそれだけ大きくなってしまうことだろう。

 僕ができることと言えば、転移後に仲間を集めて族長様に魔力を分け与えることぐらいか。ティナに負担ばかりかけて申し訳ないけど、転移したらティナにも色々と力を貸してもらおう。

 

 

 そうして一回目と同様に、ティナが魔石の魔力を転移陣へと流し始める。一回目の転移の時より、転移陣への魔力注入の速度が明らかに早い。やっぱりさっきの転移で完全に感覚を掴んだみたいだ。それこそ僕の「上感覚」での補助もあってないようなもの。



 僕は少しほんの少し肩を落としつつも、二人への補助に感覚を研ぎ澄ませていた。


 その時――

 

 

 ――キン

 


 僕の聴覚が、魔法の発動音を感知した。

 今、眼前にある転移魔法の発動音じゃない。ここから少し離れた場所、僕たちが暮らしていた大樹方面から聴こえてきた。

 それと同時、警戒のために周囲へ拡散させていた僕の魔力が『二足歩行の生命体』の姿を、森の中にはっきりと捉えた。


 

『――ッ人間の姿を感知しましたッ! ティナは魔法を続けてッ! 族長様も能力の補助はやめないで! 足止めは僕がやるッ! もし最後の転移までに戻らなかったら、僕を置いて逃げていいからッ!!』


 

 僕はティナの背中から手を離す。そして即座に猫の姿になって、勢いよく地面を蹴りこの場を離れた。

 ティナは僕を置いてくのを躊躇うかもしれない。けれど族長様がいればきっと、僕を待たずにティナを連れて転移で逃げてくれるはずだ。転移した先は獣国。族長様が一緒なら、ティナの生活についてはどうにでもなるし、ティナが居れば族長様の転移の反動の件もフォローはしてくれるはず。



 僕にはこの身一つで獣国まで走り抜けられるフィジカルがある。獣国の座標も族長様がティナは共有した感覚からなんとなく掴んでるし、数週間はかかるかもしれないけど後で合流はできるはず。



 それより今は探知にかかった『二足歩行の生命体』の方が重要だ。


 

 この魔力から伝わる生命体は、明らかに人間だ。

 僕の拡散した魔力の中になんの前触れもなく現れたことから、転移でこの森に飛んできたと見ていいだろう。魔法の発動音も転移だと思えば合点がいく。


 僕は森を駆け抜けながら、目を閉じて魔力から伝わる情報を整理する。


 身長は180cm台。筋肉質の男性。その身に秘める魔力量はそれなりに多い。今の族長様と同じくらいか。

 荒い息遣いをしていて、なぜか身を震わせている。なにやら呻き声を上げながら、ゆっくりと森の中を歩いているみたいだ。どこに向かえば良いのか、当人すら分かっていないようにキョロキョロと周囲を見回しているのが、僕の魔力からよく伝わってくる。


 ティナを攫いに来た、にしてはあまりに挙動不審だ。

 

 僕は技能『隠密』を使いながら、その男の近くまで辿り着いた。もちろん正面きって姿を表してやるつもりはない。卑怯だと罵られようが、隙があるなら背後から首を掻き切ってやる心積りだ。



 僕は木々の合間から、息を潜めてその男を観察する。


 

「ひっ…………ひっく……っ」



 そこに居たのは、僕が魔力で感知した通りの人間だった。身長180台はあるガタイのいい大柄な男。

 しかしその男の様子は、魔力から伝わってきた以上に異様なものだった。


 

 その男は、まるで幼い子供のように泣いていた。

 心の底から『恐怖』の感情のニオイを漂わせ、森の中を彷徨っている。なんの目的意識も感じない。この恐怖の感情も偽りじゃない。

 彼の仕草は、魔物のいる危険な森の中に踏み入ってしまった幼い人間の子供そのものだった。



 僕はその男を視認した瞬間、背中があわ立った。その姿と仕草のチグハグさに気味の悪さを感じたのとは別。

 その男から漏れ出る魔力に、僕は底知れない嫌悪感を覚えていた。見てるだけで気分が悪くなる。理由は分からない。でもなんとなく、直感的にこの男を僕は『純粋な生命』だと認識したくない、してはいけないと思ってしまっている。



「痛いよぉっ……苦しいよぉっ……助けてっ……お母さぁんっお父さぁんっ……」



 ガタイのいい男はキョロキョロの辺りを見回して、しゃがれた声で助けを求めていた。

 他に人間の姿はない。この男が一人でこの森に転移してきた――いや、転移『させられた』と考えるのが自然なのだろうか。


 

『…………お前は、何だ……?』


 

 ひとまず僕はその男へと姿を現してみることにした。技能『言語翻訳』も使っているため、僕の意思は通じるはず。今はとりあえず、猫の姿を見て敵意を感じるのか見定めておきたい。



 僕は全身の毛を逆立て、男に対して敵意を向けてみる。これで相手から少しでも敵対心が見えたのなら、迷宮にいた魚の技能『圧水射』で即座に脳天を撃ち抜いてやる。この距離なら、未来予知でもできない限り避けられないはずだ。



 しかしそんな僕の警戒とは裏腹に、そのガタイのいい男は更に悲しみの感情のニオイを深めただけだった。

 

 

「…………怖いよぉっ…………苦しいよぉっ……たすけてっ…………僕、良い子にするからぁ……もう我儘言わないからぁ……」


『近寄るなッ!! それ以上近寄るならその首を掻き切るぞッ……!』


 

 どうして自分がこの男にこんな過敏になってるのかも分からない。ただ本能的に僕はこの男に対して、近づかれたくないと思ってしまっていた。


 

「……っどうして……こんなに辛いのにっ……こんなに苦しいのにっ……死にたく、ないっ……」



 僕の意思を素直に受け取って、恐怖の感情を深め彼は足を止めた。その身を屈めて、涙を溢れさせている。心から悲しいと思ってる。心から恐怖を抱いている。

 今になっても、男から僕に対して敵意だったり、ティナを攫おうと言った目的意識も感じない。



 僕は目をすがめながらも、一つ深呼吸した。

 姿だけは良い歳した大人の男性だけど、こんな反応を返され続けると流石に心が痛い。

 それに今、心を乱すことこそ、帝国側の勢力の思う壺のように思えた。



 やっぱりこの男はただの囮で、この隙にティナを攫おうと画策していると考えた方が状況的に自然か。

 僕は周囲へ拡散している魔力に感覚を研ぎ澄ませて、ティナ達の様子を窺ってみた。



 どうやら二回目の転移は終わってるみたい。

 それに、他に襲撃者が現れた気配はなさそうだ。



 とりあえず僕は眼前でうずくまる男へ警戒を薄める。逆立っていた全身の毛を戻して、極力敵意がないことを示してみせる。しかし近づきたくはない。この男はそれなりに魔力量が多い。無知を利用した自爆特攻、みたいな非人道的の仕掛けがあるなんてことも考えられなくはない。

 とは言えこの男に対して、そこまで冷たく当たる必要は無さそうだ。

 


『………………ご、ごめんね。ちょっと気が張ってたみたい。君はどうしてのここに、っていうのもわからない、んだよね?…………ちょっとこれは。困ったな……』


「わからないっ……全部、わからない。名前も、お母さんの顔もっ……何も、わからないっ…………」



 男は顔も上げず、嗚咽を漏らして悲しみに暮れている。言動だけ見ればやっぱり幼い男の子そのものだ。

 しかしこの男をティナや族長様の元に連れて行くわけにはいかない。記憶が曖昧だってことも嘘じゃないことは、僕の「上感覚」が確かに感じ取っている。


 おそらくこの男はただの囮じゃない。

 何かしらの『仕掛け』をされた上で、この森へ転移させられてきたのだ。この男が纏う気味の悪い魔力。そして記憶が曖昧だって点から見ても、何もないとは考えられない。

 しかしその場合、自爆特攻の線が色濃く思えてしまう。そう思うと、自然と僕は眉を寄せていた。



 他に襲撃者が備えている可能性も考えて、この場からはさっさと去ってしまいたい。ただこの男に何が仕掛けられているのかも分からない状態で、始末してしまうのはあまりにハイリスクだ。

 というかそもそも、敵意や悪意もない人間を手にかけるのは良心が痛むし、できればやりたくない。



 とりあえず『この男にはなんの攻撃や接触もせずに、この森から立ち去ってもらう』のが一番丸いのかもしれない。

 

 

「ねぇ助けてよっ…………僕には何もないんだ。何も、わからないんだっ…………」


『ちょっ、ちょっとだけ待ってね? 君になんの悪意もない事は分かってる。でもこの通り、僕も野生の猫なもんだからさ。こういう時どうすればいいのか、わからないんだ…………えーー、んーー、あーー…………とりあえず、立てるかな? 森の外まで案内するぐらいならできるからさ』



 男はぶんぶんと首を横に振った。この森に留まりたい、なんて意思はないけど、もう現実を見たくない、と言った気持ちが深く伝わってくる。

 まぁ本当に何も知らないで飛ばされたみたいだし、その気持ちは僕の「上感覚」がよく伝えてくれてる。本当に心が限界を迎えてるみたいだ。

 こんなことなら最初から優しく接してれば、なんて思うけど流石にこの状況じゃ無理な話か。


 

『えっと、ね? 背中に乗せてあげたいのはやまやまなんだけども、僕もこの通りただの小さい子猫だからなぁ…………』



 僕もこの男に構って転移に間に合わない、なんて事態は避けたい。ティナと族長様は今、三回目の転移の準備を進めてくれている最中。

 しかし僕の拡散させた魔力から、ティナの気の迷いが確かに感じ取れる。さっきの二回目の転移の手際と比べると、あまりにスローペースになってしまってた。



 この男にこれ以上時間をかけるのは惜しい。適当に猫糸を森の外まで伸ばし道だけ示して、適当に足がつかない様に森の中を彷徨った後、ティナたちの元に戻る、で良いかもしれない。



 そう肩を竦めて視線を下げたその時。

 僕は『地面』にとある違和感を覚えた。



 ガタイのいい男がしゃがみ身を丸めている、その目の前の地面に『四角い模様』が浮かび上がっている様に見えた。

 明らかに自然にできた模様じゃない。縦30cm、横50cmの長方形が二つ、隣り合う形で地面から少し浮き出ている。その様は、見ようによっては『扉』――両開きの『ふすま』の様に見えた。


 

『…………これは』

 


 三つ点が揃うと人の顔に見えるシュミラクラ現象の様なものと思ったけど、それにしてはくっきり見え過ぎてる。能力によるものか、魔道具によるものなのか、今時点ではまるで判別がつかない。


 僕は地面に現れたこの土のふすまの奥に『何か』の気配を感じとる。生き物じゃない。ほんのりと『熱』を帯びている掌サイズ球体。

 これは魔道具っぽいけど、流石にどんな魔道具なのかまではよくわからない。


 

 今も眼前の男から敵意は感じない。

 しかし他に襲撃者が現れた感覚もない。何か仕掛けられていることだけはわかるけど、いつ誰が仕掛けてきたのかが分からない。僕眉根を寄せて、じっくり観察してみる。何か起ころうものなら、僕の視覚の能力で事前に予測できる。



「ねぇ、助けて。助けてよ……俺も、『あの』みたいに」



 その言葉に、僕の思考が一瞬だけ停止した。



 さっきまで敵意も悪意もなかった。僕が姿を現してもなんの反応もなかったし、ティナを探している様子もなかった。

 それなのに今その言葉を発した一瞬で、その男から『悲しみ』と『恐怖』の感情のニオイが消え去り、『恨み』と『憎しみ』の感情のニオイが強まったのだ。



 そしてようやく僕は、この男に仕掛けられたカラクリを理解した。


 

「どうしてダメなンだよ…………なァ? 異種族のガキにも同情しちまう、「上感覚」のクソ猫がよォォォォォォォォォッ!!!」



 ――多重の人格。



 この男はただの囮であり、襲撃者でもあったのだ。何も知らない子供の人格。その裏に隠れた、ティナを攫おうと目論む襲撃者としての人格。


 こればかりはしてやられた、と言う気持ちでいっぱいだ。おそらく男の身体に直接触れていれば、この人格トリックにも簡単に気がつけたんだろうけど、今となっては後の祭りと言うやつか。

 とまぁ、種が分かってしまえば、恐れることもないわけだけども。



 眼前の男は悪意のこもった表情を僕に向けて、この男の人格が仕掛けたであろう地面の『扉』に手をかざした。

 僕は内心で嘆息しながら、これから何が起こるのかを視覚の能力によって予測する。



 僕の眼前にいるのは、能力「魔導者」が欲しいがためだけに、ティナの居場所を奪い、ティナの家族を殺した帝国側の勢力の一人。

 彼のもう一つの人格には悪いけど、この男を殺すのに僕は、なんの躊躇いの感情も抱いてはいなかった。



最後までお読みいただきありがとうございます!


もし本作について「先が気になる!」「なんか面白いかも?」等思ってくださいましたら、『ブクマ』や下あたりにある『⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎』にて評価をいただけましたら嬉しいです!


【関連話】

・56. 帝国 『二つの影』 その①

・96. 密会『天族の分前』

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