美樹ちゃんの誕生日②
おかわりはなし。各々のバーガーを口に放り込み、すぐに店を出た。家に帰って作戦会議である。何はともあれ、うちで美紀ちゃんの誕生日会をやると決めた途端、詩音の顔に笑顔が戻った。これで山川も本腰を入れて参加できそうだ。
まずはプレゼント、これがないと始まらないとは詩音さん。目星はついていて、何やら『ビーズセット』なるものをあげたいらしく、明日おもちゃ屋さんで詩音が買ってくることになった。続いてはケーキ。美樹ちゃんはどんなケーキが好きなのかを尋ねると、イチゴが乗ったショートケーキということで、取り扱いがないということはなさそうだ。『お誕生日おめでとう』の板チョコも忘れないようにと念を押され、ローソクもリクエストされた。そして食事なのだが、これが一番困った。どうせやるならケーキを食べておしまいでは味気ない。今や山川よりも詩音の方が料理上手とは言え、雰囲気を醸し出すくらいに凝った何かを作れるわけではない。う~ん・・・・・・2人共同じポーズ、腕を組んで天井を見上げて悩む山川と詩音。2人共ハンバーガーには満足していたが、それを出すのはどうも気が進まない。美紀ちゃんの好物は何だろう。美紀ちゃん、フライドチキンが好きって言ってた。それだっ。
休む間もなく、会場となる我が家の飾りつけ。早々に帰宅した理由はこの為だった。詩音主導の下、殺風景な我が家を明るくする作業が始まった。まずはありったけの折り紙を5センチ程の幅に切って輪っかを作り、それらを繋いでいく。両手を広げた長さまで結べたら、アルファベットの「W」を描くように引っ掛けていく。壁だけではない。扉もテレビも机も椅子も、時計も電話も靴箱も・・・どう考えても邪魔なのだが、お誕生日会が終わるまでだからお願いと、片目を瞑って手を合わせる詩音に、山川は簡単に快く折れた。
続いて取り出したるは、赤やら青やら黄色のビニール。手当たり次第に家中の電気に張っていった。今から貼らなくてもいいんじゃないかと細やかに抵抗した山川であったが、早めに準備しておかないと絶対にバタバタするもんという可愛い正論にまたも完敗。家の中が眩しく、うるさく、賑やかになってしまった。やれやれ・・・である。ちなみに、家には大量の折り紙も、ど派手なビニールもない。学校で無理を言って貰ってきた物だろう。それを考えると。ダメなんて言えるはずもなかった。
美樹ちゃんの誕生日、前日。
「じゃあ、詩音。封筒は机の上に置いておくから、学校から帰ってきたら、プレゼント、宜しくな」
「うん、ありがとう。」
起きてから輪っかに何回ぶつかったことか。その度にセロテープが剥がれていないか確認する。それともう目がチカチカしてしまってどうにも調子が悪い。詩音の方は何ともないみたいだが、心なしかよく眠れなかった気もする山川であった。
最近は詩音よりも山川の方が先に家を出られるようになった。これによって朝の荷出し作業を行う前に、昨日の店舗データに一通り目を通すことができる。パソコンを使って、まずは店全体の売上げを把握する。次に一般商品部の成績を確認する。パンは、牛乳は、菓子は、冷食は・・・・・・と分類に落とし込み、最後は取組み単品の売れ行きをチェックする。その後は売場を一周して、大きく乱れていれば整頓してから荷出しに入る。詩音も4年生になり、戸締りも任せられるようになった。我が娘ながらしっかりしている。山川は山川の仕事に集中できる環境が整いつつあった。ということで「行ってきます」と、何色とも表現し難い玄関を出る山川であった。
仕事を終えた山川は自宅近くのケーキ屋さんへ直行。ホールケーキを予約し、忘れずに『お誕生日、おめでとう』の板チョコも注文した。明日の昼頃に来店することを伝え、急いで自宅に向かった。こちらは万事、予定通りに任務遂行ですぞ、ボス。
「ただいま~。詩音、どうだ?」
もしも思ったプレゼントが見つかっていなければ、今日の内に大きなおもちゃ屋さんに行かねばなるまい。山川が帰宅早々に様子を伺うと、詩音は胸を張って自信満々の表情で親指を立てた。お目当てのプレゼントが買えたようだ。ちらりと詩音の机を覗けば、プレゼントにはしっかりとリボンも結ばれていた。よく分かってらっしゃるというか、完璧です。裸でビーズセットが置いてあったら、店から持ってきた進物用の包装紙でフォローしてやるつもりだったが、無用の心配だった。その後は山川が夕飯の支度、詩音は宿題に取り掛かった。そして晩ご飯時に再集結。ご飯を食べながら誕生日会の献立を擦り合わせた。
「私、フルーツポンチが食べたいな。」
詩音からのリクエストは数少ない山川の得意料理だった。料理と呼べるかはさて置き、炭酸水にカットフルーツを入れるだけの簡単なデザート。とはいえ、やっぱり面倒臭さが勝ってしまい、詩音が小学生に上がってからは数えるくらいしか作ってやった記憶がない。にもかかわらず、大一番にリクエストを受けたことは嬉しかった。フライドチキンやビーズセットに肩を並べたみたいで光栄だった。やる気スイッチなんてものは大人になったからといって消えるものではない。むしろ増えているんじゃないか。応えたい、応えねばなるまい。
本番当日。詩音を学校に送り出してから大忙しの山川。まずはやっぱり掃除から。いつもの掃除機に加えて、雑巾とバケツも用意した。美樹ちゃんと詩音の座る椅子や机はもちろん、床も壁もピカピカにしなくてはならない。万にひとつでも床に尖ったものが転がっていてはならない。なにせお2人には、真っ暗にした中を歩いて頂くのだから。やるからには精一杯盛り上げさせてもらう。たまに気味悪くニヤつきながらせっせと身体を動かす山川だった。
掃除の後はケーキ屋だ。自転車では崩れてしまうので歩いていくことにした。徒歩でも15分、大した距離ではない。お店に到着し、特に迷うことなく注文を済ませた。
「娘さんのお誕生日ですか?」
そう訊かれた山川は思わず、というか、娘の友達の―とわざわざ訂正するのも変な気がして、はいと答えてしまった。嘘をついたことには違いないのだが、悪い気はしなかった。帰り道、スキップまでしたくなるような心地だった(さすがにケーキが崩れてしまうので踏み留まったが)。
ケーキを冷蔵庫にしまい、代わりに果物を引っ張り出した。フルーツポンチ作りに取り掛かる。まずは果物を洗って、大きめサイズにカットする。一口では入りきらないか、いやいや、これ位じゃないと食べ応えがない。それに2人分程度ならば、大胆に使っていくのが吉だろう。山川が用意した果物はりんご、桃、マスカットにライチ、そしてナタデココ。最後の切札だけ、パウチに入ったものをそのまま使った。果物ではなかったが、運良く手に入ったので是非とも2人に食べさせたかった。以前、店の食堂で出されて1度だけ口にした山川(3粒だけだが)。ブームでなかなか手に入らない。山川の店でも滅多に入荷しない。店頭に並べれば気付いたお客さんから手に取っていく。『おひとり様、1袋まででお願いします』とPOPを貼ったって、陳列してから1時間ももたない。山川としてはあまりおいしいとは感じなかったが(食感を楽しむのかな)、「なにこれ~」とか「初めて食べた~」なんて盛り上がってくれれば嬉しい。カットし終えた果物を大皿に入れ、ラップを施して再び冷蔵庫に戻した。ひとまずこれで、準備完了である。
一息つく山川。ベランダの窓を開けて椅子に腰掛け、煙草に火を点けた。子供の頃、どんな気持ちで自分の誕生日を迎えたかなんて疾うに忘れてしまった。覚えていないが、楽しみに待ち焦がれていた年頃があったことは間違いない。その一方で、友人の誕生日まで想った記憶はない。友達の誕生日会に何度か呼ばれたことはあったが、今の詩音のような心境であったかどうか。あ、友達はいたんだぞ、ちゃんと。皆、そうだろう。社交辞令的におめでとうは言うが、その場を離れれば10分後には別の事を考えている(反対に、仲の良い弟の誕生日は1週間前から両親と企てを計画し、当日には夜遅くまでお祝いした)。だから美樹ちゃんと詩音の関係を羨ましく思う。ずっと続けてほしい。だから全力で祝福する。そこで山川が導き出した方法は、ちょっとだけ2人を驚かせてやることだった。




