美樹ちゃんの誕生日①
【美樹ちゃんの誕生日】
たまの外食。いつもは詩音のリクエストに応えるのだが、今日は珍しく山川の方から提案した。
「詩音、晩ご飯はハンバーガーでいいかな?」
こんなの、子供が絶対に断らない質問であり、もちろん詩音も喜々としてい了承した。夕食をハンバーガーショップでというと親としては罪悪感に苛まされそうだが(栄養の部分とか手間の部分とか)、今回に関しては歴とした目的があり、詩音にもご協力頂く。
ところで、山川の中でハンバーガーショップは2種類に区分けされていて、ひとつは安くて財布に優しいチェーン。学校帰りの高校生なんかも頻繁に利用している。もう一方は高い、値は張るが、その価格に一口食べれば納得させられてしまうらしいチェーン。山川が選んだのは後者、すなわち高くて美味しいチェーンだった。
持ち帰ることもできたのだが、できるだけ熱々を食べたかったのでお店で食べることにした。その方が特別感も出ておいしさも増すことだろう。カウンターで注文を済ませて席に着いた山川と詩音。渡された番号札を机において、商品が届くのを待った。その最中、
「お父さん、お父さん。おかわりしてもいい?」
「それは構わないけれども、せめて食べ終わってから、もう一つ食べるかどうか決めた方がいいんじゃないか。」
「えへへへ・・・だってお腹ペコペコだもん。」
「そうだな、お父さんも腹ペコだ。ま、ゆっくり探してくださいな。」
「うん。」
その後、メニュー表でおかわりするハンバーガーを鼻歌奏でながら選ぶ詩音。どういう訳かいつもより外れ方が大きい。店の奥の方に席を取って正解だった。
余談になるが、4年生になったばかりの頃は何かこう、話し方とか仕草も大人になったなと感じたのだが、最近はまた2つ、3つ年齢が下がったかなと思わせる詩音。女の子というのはそういうものなのだろうか。
先にドリンクとサイドメニューが到着した。山川はウーロン茶、詩音はオレンジジュース。サイドメニューはサラダとフライドポテトを頼んだ。そうそう・・・ハンバーガーショップに来た理由だが、近々に総菜部がハンバーガーの販売に乗り出す。ハンバーガー、チーズバーガー、チキンバーガーの3種類で、バンズ以外は店内で調理する。新メニューで新たな顧客を開拓していこうという訳だ。販売に先立って行われた試食会に山川も参加したのだが、如何せん山川には比較対象の知識が足りなかった。実は山川、ハンバーガーショップに行ったことがなかった。だから出てきたバーガーを食べて、これを200円で売ります、260円の価格設定ですと言われても、安いか高か適正かの意見が出せなかった。大きさは、具材の質は、バンズの固さは等々、自身をもって自分の意見を出せなかった。個人的には味は悪くなかったと思うし、別にハンバーガーの専門店を始める訳でもない。これで失敗したからと言って店が潰れるということもない。総菜メニューに加えて様子を見る、あくまでスーパーの一商品。ではあるが、そんなことは関係なく客の目、客の舌は専門店との比較を強行するだろう。ということで、お客様の目と舌になりにきたのだった。
試食会で『普通』なんて言葉を皮肉もなしに使おうものなら白い目で見られてしまうくらいにつまらない感想だが、サラダとフライドポテトを食べた山川の感想は、普通だった。値段を差っ引いて考えればおいしい、おいしいにはおいしいのだが、サラダに関しては葉っぱを冷やしてドレッシングでごまかしている感が否めなかった。野菜の味は薄かった。とにかく食べやすさを最優先したのだろうと勘繰ってしまう。もしも野菜嫌いの子供がいたら、冷蔵庫でキンキンに冷やしたものを並べてみるといい。棒状に切ってあげるなどの工夫や細工を加えればなお良し。ドレッシングも最近の市販の商品はハズレが少なくなったし幅も豊富だが、手作りで少量ずつ複数準備してあげて(一緒に作れればもっといいが)ディップ形式にするなどの趣向を凝らせばエンターテインメント感も出てくることだろう。雰囲気で人の味覚は変わってくるのだから。
んで、フライドポテトについてはこういうものなんだな、でおしまい。ジャンクフードの代表だな、と。目の前で詩音が嬉しそうにおいしいねと微笑むから、ウマいと言いながら口に運ぶ山川だったが、心はどこまでも冷静だった。しっかり、ちゃんと、舌に神経を集中していた。
だから看板メニューのハンバーガー達も期待薄だった。同程度のモノだろうと。山川のハンバーガーに250円、詩音の照焼バーガーに350円という高額を支払ってなお、あくまでジャンクフードの認識が頭から離れなかった。所詮はサイドメニューと似たり寄ったりだろうと。自店の試作品としっかり比較させていただこうとハンバーガーを待った。
そして期待は裏切られた。その裏切りは、ハンバーガ―の包み紙から始まった。触れたての感触とパリッという紙の音によってどういう訳か食欲がそそられた。その包み紙を開封してみれば、甘い香りとシャキシャキのレタスが飛び出し、掌からは持っていられないくらいの熱が伝わってきた。ビニールにギュッと包まれているウチのモノとはこの時点で大きな差があった。それでは、いただ―
「うんまっ!」
一足、一口先に食べ始めた詩音が思わず漏らした感想に、山川も素直に同意した。試作も想定も優に超えてきた。
山川の頼んだハンバーガーが250円で、詩音の食べているテリヤキバーガーが350円。単品でこの値段は決してお財布には優しくないが、唸るまでに旨かった。詩音のテリヤキバーガーも一口食べさせてもらったが、こちらもまた格別。何と言うかもう、無条件降伏。山川も、おかわりは何にしようかとメニュー表を眺めながらチーズバーガーを平らげた。そしてスーパーの総菜と専門店との差を痛感させられた。試食会でこれが出されていたら、大手を振って満点を出したことだろう。比較対象云々(うんぬん)なぞ関係ない。ハンバーガーショップに足を運んで正解だった。味の違い、目指すべきハンバーガーの味を自分の舌ではっきりと記憶できたことは収穫だった―なんてことを心の隅に忍ばせつつ、おかわりのバーガーを選んだ。
「お父さんはこれだな。次はこの『焼き肉ライスバーガー』にしようかな。」
じゃぁ私はね・・・・・・みたいな反応が返ってくるはずだったが、詩音はハンバーガーの話題には乗ってこなかった。
「来週ね、美樹ちゃんの誕生日なんだ。」
言葉と表情が一致していない。とても幸せで嬉しいはずなのに、詩音の顔に笑顔が浮かばなかった。口を一文字に結んで山川の目を見つめてきた。幼稚園からの親友で小学校も同じ。小学校に上がってからは同じクラスになったことはないものの、しばしばお宅にお邪魔している。そんな美樹ちゃんの誕生日が嬉しくないはずはないのだが。
「そうかぁ。じゃあ、誕生日プレゼントを買いにいかないとな。何をあげるかは決まっているのか?次の日曜日に買いに行こうか。」
「うん、そうなんだけど・・・」
浮かない表情の理由は別の所にあるらしい。まさかケンカでもしたのだろうか。誕生日会に呼ばれなかったとか。毎日サッカーばかりしている詩音だから、お淑やかな女の子と性格が合わなくなってきたとか。もしくは好きな男の子が一緒で恋のライバルに―相も変わらぬ山川。妄想が明後日の方向にぶっ飛び出した。
「うちで誕生日会をやっちゃダメ?」
どういう経緯でその質問に辿り着いたのか。山川、とりあえず焼き肉ライスバーガーは後回しにして、と。
「詳しく話してごらん。美樹ちゃんのお誕生なら、美樹ちゃんのお宅でやった方がいいだろう。美紀ちゃんママだって準備していると思うぞ。」
予想だにしない話の展開に山川の表情も強張ってしまう。
「美樹ちゃんママね、その日も夜までお仕事だし、お父さんはいないからその日ずっと独りぼっちなんだって。」
もうハンバーガーの入り込む余地はなし。他人の家庭事情に深入りするつもりはないが、詩音の漏らした情報の切れ端につい反応してしまった山川。
「美樹ちゃんのお父さんも仕事で遅いのか?」
「ううん。美樹ちゃん家はずっとお父さんいないよ。うちと反対だね。」
「えっ・・・と・・・いつから?」
「ん?幼稚園の時からだよ。」
本格的にハンバーガーは頭から離れてしまった。知らなかったというか、尋ねる機会が無かったというか―焦りながら話を戻す山川。
「それで詩音、美樹ちゃんの誕生日はいつなんだ?」
「明後日なんだけど、お父さん、お仕事お休みって言ってたから。」
確かに休みだが、明後日って・・・・・・




