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あなたへ~山川と詩音  作者: 遥風 悠
18/28

豪徳寺の桜②


 ―前言撤回。日が沈むにつれて宴会色が強くなっていった。日が沈むにつれて宴会色が強くなっていった。要はバカ騒ぎである。どこから引っ張ってきたのか提灯まで釣り下がっている。そして17時を回る頃には、桜木を中心に大きな円が完成していた。申し訳程度に端っこの方が人ひとり分空いているかどうか。通り抜ける方はこちらからどうぞ。ブルーシートが敷かれ、一升瓶や缶ビールも準備万端、食べ物だって所狭しと並べられていた。誰が参加したって、誰が食べたって、誰が飲んだって構わない。お茶やジュース、お菓子だってある。仕事帰りにぶらり立ち寄って1杯引っ掛けても良し、夕食まで済ませてしまっても誰にも文句は言われない。むしろ歓迎されるだろう。差し入れだけ持って来る人もいれば、手だけ合わせに訪れる人もいる。さてさて、これだけ騒々しい状況に駅員はというと、追い払うどころか延長コードを用意してあげる始末。黙認というのか公認というのか、これが豪徳寺駅の春の風物詩であった。


 仕事を終えた山川と、4年生になったばかりの詩音も顔を出した。そうそう、最近は詩音に留守番を任せられるようになって、土、日のどちらかは出勤するようになった山川。時刻は夕方6時を回り、辺りも暗くなってきたが、桜の周りは提灯と人とで賑やかだった。何も知らない人が見かけたら、駅の真ん中で何事かと驚くだろうが、地域住民からすれば毎年の恒例行事。時の移り変わりと、またひとつ歳を取ったと痛感する。

 「おう、来たか、はじめ。こっち来て座れ。詩音ちゃんも大きくなったなぁ。」

「ご無沙汰してます。これ差し入れです。」

「サンキュー。お、いいね~、冷えてるじゃないか。ほれ、空いている所で飯でも食っていけ。」

「ありがとうございます。手を合わせたら、少しお邪魔します。」

このオジちゃんは誰だろうと思いながらぺこりと頭を下げる詩音。挨拶を済ませた山川と詩音は桜木に向かった。改めて見上げると、やっぱり立派な桜である。

 普段は紙くずひとつ落ちていない豪徳寺の桜。誰も捨てないし、目に入れば誰もが拾って地面にポイ(ちょっと問題アリだが)。けれでも今宵はこちらも賑やか、というか散らかっている。いや、さすがに散らかっているというのは失礼か、怒られてしまう。桜木の回りはお供え物で溢れていた。お団子、おまんじゅう、おせんべいにかつお節・・・・・・は少数派で、その8割はお酒。日本酒、焼酎にビール。山川もガラス瓶に入った日本酒をひとつ供え、詩音と一緒に膝をついて手を合わせた。何かをお願いした訳ではない。何かこう、儀式的な体で、豪徳寺の神木に感謝した。


 「おう、山川!」

現在でも交流のある中学時代の同級生は、最近ずいぶんと貫禄が出てきた。食べ過ぎか飲み過ぎか、それとも運動不足か。本人の話からすると全部当てはまるのだが、ストレス太りではなさそうで何よりである。出てきた腹をポンポン叩きながら、ビールをゴクゴク飲みほしていた。CMでも見ているかのような、正しいビールの飲み方だった。ざっと見渡せば500ml缶が4、5本転がっているので、控える気はサラサラないようだ。詩音も連れてきている手前、あまり長居はできないが、世間話や近況報告にも花が咲く。立場や仕事にとらわれない雑談というのは息抜きにはもってこい。そこにお酒とつまみと桜があるのだから言うことはない。飲めと言われてプシュッと空けられた缶ビールを1本空けた所でやや離れた場所から声が掛かった。はい、伺いますと応答し、詩音がおにぎりとから揚げ―すぐそこの飲み屋さんの手作りで、できたて。すこぶる旨かった―を平らげたタイミングで席を立った。


 「はじめちゃん、元気そうね。思い出せるかしら?」

山川はもちろんですと即答した。ちなみに『おーい、こっち来い』と山川を呼んだのは、ガキの頃から世話になった兄貴のような存在の人物で、小学生の時は山川のサッカーのコーチでもあった。そして何故かそこに同席していたのは、大学時代まで習っていたピアノの先生。2人の関係性は不明だったが、そんなことは二の次、三の次。これっぽっちも予期していなかった驚きと懐かしさによって脳のどこかがイレギュラーを引き起こしてしまったようで、その後の言葉を繋ぐことができなかった。心身が覚えた感情を自分以外の者へ伝えることができなくなってしまった。気まずい沈黙が流れるかと思われたが、そこに助け船を出す結果となったのが詩音。空気を察知したのか、たまたまタイミングがあったのかは定かでないが、

「あ、同じクラスの子だ。ちょっとあっちに行ってくるね。」

「あ、ああ。もうすぐ帰るからな。」

「は~い。」

一息入れたことで脳のパニックも回復したようで、その後15分程、昔話をすることができた。

 山川と詩音が帰った後も豪徳寺の桜を囲んだ宴会は続いた。むしろここからが本番。これから盛り上がりは最高潮を迎える。仕事を終えたサラリーマンがそのまま席に着く。まるで自分家()に帰ってきたみたいに何のためらいも遠慮もなく、もしかしたら「ただいま」と口にしているかもしれない。そんな宴会の参加者のほとんどが、まずは桜に向かって手を合わせる。たった今、電車を降りて改札を出たサラリーマン―髪はボサボサ、靴も汚れていてスーツもヨレヨレのお世辞にも身だしなみが整っているとは言えない男性も手を合わせる。そこでどんなトリックを使ったはしらないが、その瞬間だけサラリーマンの全身が美しく、姿勢の都合もあるだろうが、神々しさすら感じられた。数秒間微動だにせず、目を閉じ、息を止め、何を祈ったか、何かを話したか。ボロボロは語弊があるが、クタクタの男に金色の光が降り注ぎそうな気配すら滲み出ていた。無論、酒の席に戻ると元の姿で騒ぐのだが。

 この宴会の信じられない所は、終電の時刻を過ぎても終わらないことだ。さすがに昼から日付変更線まで居座っている者はいないと思われるが、入れ替わり立ち替わる参加者の締め括りは何を隠そう駅長だ。お邪魔して宜しいでしょうかの一言と共に戸締りを終えた駅長が着席した所で、盛り上がりが何度目かのピークを迎えてしまうのだから困ったものだ。終電後ということは疾うに0時を回っているわけで、下手をすれば―というか普通に警察を呼ばれておかしくない状況なのだが―お昼から現状が維持されているということは、そういうことだ。そしてこの時刻まで残っている者は皆、知っていた。今年が最後ということを。

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