音の力、音楽への祈り⑦
「お父さんも緊張しいでな~、試合前はいつもガタガタ震えていたよ。」
多少は話を盛ってはいるものの、全くのでたらめということではない。
「前日の夜は眠れないし、大会期間中は食欲がなくなって、しっかり食べなきゃいけないのに体重は減っていくしな。今だってそうなんだぞ。会社の会議で、大勢の人の前で発表する時は物凄く緊張する。もう何回もやっているのになかなか慣れないんだ。そりゃ練習もするよ。資料を作って、作り直して、何回も読み返して暗記するくらいまで覚える。それだけじゃない。時間の許す限り、受けそうな質問の回答も作る。わざと具体的な数字を隠して質問を誘発する罠を仕掛けたりもする(狙った質問が飛んでくればペースを握れる、気がする)。声に出してプレゼンのシミュレーションを行い、決められた時間に収まっているかを確かめては修正し、何度も練習を繰り返す。だから本番当日には飽きちゃっているくらい、それだけ準備して練習したって緊張する。逃げ出したくなる。会議が中止にならないかなんて、心はもう逃げ出してしまっている。そんな離れた心をもう1度、自分の胸の内にしまい込む為にお父さんは音楽を訊くんだ。会議に堂々と、正面から向き合う為に。」
そんなこんなでCDウォークマンを譲り受けた詩音。あとは好みのCDをセットするだけなのだが・・・ここで山川の嗜好が詩音にも作用する。山川にも詩音にもご贔屓の歌手がいて、そのアーティストのCDを持っている。シングルCD、中にはアルバムも棚に並んでいる。この頃は音楽番組が盛んで(後にも先にも地上波に限って言えばピークだろう)、新曲は毎日の様にテレビから流れていた。セールスランキングが売れている曲を簡単に教えてくれた。ドラマやCM何かでいいなと思えば購入の候補に挙がる。ランキング上位の曲はやはりこういったものが多かった。けれども山川が心を戦える状態に保つべくイヤホンで没頭する音楽はサウンドトラック、サントラだった。テレビゲームの音楽CD。ベスト10はおろかベスト50のランキングにもまず入ってこない。それをウォークマンだけでなく家のコンポでも流すから、もちろん詩音の耳にも届いていた。
詩音はテレビゲームをしない。山川がコントローラを手に熱中しているのを近くで見ていることはあっても、別段ゲームの内容に興味はなかった。山川がはまっているRPGというゲームがよく分からないし、いつも敵と戦っているみたいだが文字と数字しか出てこない、武器をお店で購入して強くなるそうだが、商品が並んでいるのを見たことがない。何なら詩音には、いつも同じ画面にすら見えた。それでも音楽がいいというのが、詩音が近くに座る理由であり、山川との共通項だった。レベルが上がった、呪文を覚えたと喜ぶ山川には共感できない詩音だったが、戦闘の音楽、街の音楽、洞窟の音楽、そしてテレビゲーム独特の音質―いわゆるピコピコ音―に魅了されてしまった。特に気に入った曲なんかはタイトルを尋ねるのだが
「ほから・・・かなぁ・・・・・・」
そんな返答が関の山。ただしゲームに熱中するあまりの生返事ということではなく、山川もタイトルは分からないのだった。間違っても詩音に対して素っ気ない返しなどするはずがない。この時代、なかなかゲーム内の曲のタイトルを調べる手段がないのだ。
詩音がテレビゲーム並びにRPG(=ロールプレイングゲーム)に興味がないことは明らか。けれどもゲーム内で流れる音楽は嫌いでない模様。机に向かっている時にふと訊こえてきた詩音の鼻歌はゲームで流れるBGMを奏でていた(音程は若干ズレていたが間違いない・・・と思う)。無意識の内に、自分の好きな音楽に共感を示してくれるのは嬉しいものだ。そして、手を差し伸べることができる。確かもうすぐ、このゲームのサントラが発売されるはずだ。
「詩音、プレゼントだ。」
山川が贈ったサントラCD.。山川が贈ったのはこの一言だけ。けれども、山川が本当に贈りたかった物はそこにはない。別に誰某から指摘を受けた訳ではないし、己の中で何か変化が生じたということもない。文字通り親身になって相談を受けて、アドバイスを返して、頭を撫でて慰めて、シュークリームなんかも買ってきてやってetc...色々してやりたい気持ちを殺して仕事が残っているからと部屋に籠った。溺愛どころか、既に水底深く水没している山川が自らの判断で詩音を突き放した。山川なりの解決策を提案して、娘の成長を願った。壁を乗り越えよ、と。
試合前の緊張と恐怖は山川にも経験があった。40を過ぎた今でも思い出すほど。結局の所は慣れていくしかないというのが山川なりの結論だったが、ここで心を前向きに矯正する道具が大きな役割を果たしてくれる。とはいえ、最終的にポジティブな心理状態で本番を迎えられるかは本人次第。大がつくほど過保護な山川にしては頑張った方ではあるが、平気でいられるはずもない。部屋に戻って机に突っ伏して、大きな溜息を吐き出した。詩音と同様、山川も乗り越えるべきことは多そうだ。
当時の音楽には歌詞がない(歌やボイスを入れる容量がまだない)。注目度や話題性は低く、そもそもテレビゲームに触れなければ、ゲーム音楽を耳にする機会はほとんどなかった。それでもゲーム音楽に惹かれた少年・少女は数知れず(後々、オリンピックの入場曲になるなんて誰が想像したことか)。音楽と共に名場面が蘇るなんて経験をテレビゲームでした人もいるだろう。けれども詩音はゲームをしない。RPGに感心がない。それでもゲーム音楽によって心が奮い立った。奇妙なもので『頑張れ』とか『負けるな』とか『大丈夫』なんていう鼓舞や励ましの言葉は一切ない。文字で表現されているのは題名くらいのもの。だのに心が強さを取り戻す。試合に立ち向かう気力を与えてくれる。人が1秒の間に処理できる情報量は言葉よりも音の方が多いという。逃げ道のない具体性よりも自由自在の抽象性の方が心を揺さぶることもある。音楽によって変化した感情を都合よく言語化してもよかろう。また試合前に限ったことではない。試合中に旋律が思い浮かぶこともあるだろう。弱い心の逃げ場所を音楽に求めると考える必要はない。心を元に戻すのだ。戦いの場へと導くのだ。
詩音から相談を受けた際、思い起こされたのは自分の苦い青春時代。中学2年くらいからだろうか、ずっと貧血で苦しんだ。調子の優れない時は学校の階段を昇るだけで息が切れた。好きなだけ高校に進学してからもサッカーを続けていたが、やはり満足のいくプレーはできなかった。大学のサッカーサークルでもほぼ同様。その後、就職してサッカーとはすっぱり縁が切れるかと思ったら、フットサルに誘われた。成人するといつの間にか貧血は治っていて、年1回の健康診断でも赤血球の値で引っ掛かることもなくなった。おやっ、という時もサプリメントを呑んでおけば十分だった。少しのブランクはあったものの、サッカーに関してはずぶの素人という訳ではない。誘われるままに参加したフットサルの練習でもいいプレーができた。経験者も多く、ちゃんと試合が成り立っていた。その中で、「山川は経験者か~」、「やるな~」、「あいつ、どうにかしろ」。そんなことを言われて嬉しくない奴はいまい。職場にうまく馴染めていたこともあって、純粋に楽しむことができた。会話が増え、親交が深まり、他店舗との情報交換もできてしまう。仕事でもフットサルでも期待される、そんな新人を心どこかで夢見ていた。それが当面の目標となった。やがて地元のフットサルの大会に出る運びとなり、もちろん山川も参加。「頼むぞ、若いの」なんて言われて・・・・・・ホントに驚いた。信じられなかった。緊張で足が震えた。
「嘘だろ・・・」
自分の膝に尋ねたのは後にも先にもその時が最後、ということにしたいものだ。全国大会でも国際大会でもないし、店を挙げての大応援団が押し寄せている訳でもない(10人弱のサポーターは来てくれていたが)。自分が何に対して緊張しているかも分からない状態。ガチガチになる理由は、もはやないはずなのに。貧血で走れない自分に対して非難と暴言を繰り返す同級生はいないし、一本のシュートミスで退部を迫るようなチームメートもいない。にも関わらず、ちょっと環境が変わるだけで盛大に緊張してしまうのだった。
余計な自分の話は置いておいて―詩音は責任感の強すぎる気色があった。他人任せにせず、自らの責任と実力でという精神は恥じることのない素晴らしい心掛けなのだが、徐々に心を蝕まれる危険性も秘めている。俺に任せろ、俺についてこいには群を抜く実力と、何者にも何事にも屈しない心の強さが要求される。何が起きても一番前を歩き続けることが―詩音はそんな先頭を目指していたわけでも、先頭に押し出された訳でもないだろう。4年生ながらAチーム、期待は背負っていよう。同時にまだ4年生、失う物はないはずだ。しかしどう足掻いても緊張する。失敗が怖い。負けたらおしまい。それらを消しゴムのカスを吹き飛ばすように霧散させろとは言わない。が、不安を軽減し、前向きな心を与えてあげてほしい。戦える心を。立ち向かう勇気を。言葉だけでは補えない心の不確かな部分に、音楽の不可思議な力を、ちょっとだけ貸してほしい。
【音の力、音楽への祈り 終】




