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あなたへ~山川と詩音  作者: 遥風 悠
15/28

音の力、音楽への祈り➅




 こっそり内緒で観に行った手前、訊きづらかった。これまで試合はおろか練習だって覗きに行ったことがないのに、「あのミッドフィルダーの子、上手だな~」なんて、口が滑っても話を振ることはできない。それでもあの少年の正体(大袈裟か)を是非とも知りたい山川だった。何かいい手はないものか、なんて思案していると家のインターホンが鳴った。詩音のお帰りだ。考えのまとまらぬまま玄関に向かう山川だった。

「ただいま~。」

「お帰り、お疲れさん。お風呂沸いているぞ。」

「うん、カバンの中全部出したらそのまま入っちゃうね。」

「そうしな。タオルはそこに置いておくから。」

いつもと変わった様子はなかった。ヘトヘトという感じではなかったし、いいプレーができずに不機嫌ということもなし。かと言って、Aチーム戦に出られたということで特に上機嫌という盛り上がりもない。期待外れなくらいに平常心というのはおかしな感想かもしれないが、つまらないくらいにいつも通りだった。山川は昼前に引き上げたので最後まで観た訳ではなかったが、午前中はナイスゲーム。4ー0か5ー0で勝っていたはずだ。


 「わーい、やっぱりカレーだぁ。」

風呂に入る頃には匂いで予想がついていたのだろう。詩音はカレーが好きだ。嫌いな子供は少なかろうが多分、2、3日カレーが続いても文句を言うどころか喜んで席に着くだろう。以前に給食の献立を見過ごしてしまい昼、夜(+翌朝)がカレーになってしまったことがあったのだが、詩音の食欲は全く落ちなかった。ゴメンゴメンと謝る山川に、明日もカレーでいいよと答える始末。それは山川が勘弁してほしかった。

「いただきま~す。」

必ず手を合わせてから食事を始める詩音。これは山川の所に来た時から変わらない。既製品の総菜を幾つか机の上に並べた時から。

「昨日、お肉屋さんが余った肉をくれてさ、豚のスペアリブが骨ごと入っているから気を付けて食べてな。」

「おおー、すごーい!」

山川同様に細身の詩音だったが、山川同様よく食べる。山川同様好き嫌いもほとんどなかった。山川が唯一苦手なものがスイカ(カブトムシの臭いがするようで気持ち悪くなってしまう)で、詩音はメロン(食べると喉が痒くなる)がダメだった。

「うんまっ!」

山川同様、健康で貧乏舌の詩音さん。幸せなことに何でもおいしく、たくさん食べることができた。

 「どうだった、上級生に混じっての練習試合は?」

カレーを食べながらついに切り出した山川。我慢できなかった。バレないように、勘繰られないように。

「疲れた~・・・やっぱり上級生は体が大きいし、力も強いし、みんな上手―」

手を休めることはしない。詩音はここで次の一口を運んでモグモグ。それを飲み込んでから続きを話し始めた。

「でも楽しかったよ。5ー0、7ー1、4ー1だったかな。」

「え、そんな大勝だったのか。」

「私も点は取れなかったけれど、何本かアシストは決めたんだよ―」

「ほぉ~、やるじゃないか(知ってたけど)。ちなみに詩音はどのポジションで出たんだ?」

「左サイドバック。上がったり下がったり、大変なんだよ~―」

「(知ってたけど)体力のいるポジションだもんな。」

「うん、だからおかわりっ。」

「ほいきた。スペアリブも食べるだろう。」

「うんっ。」

一安心である、順調な滑り出しのようだ。




 サッカーはお父さんがやっていたから始めたのだと思う。お父さんと話ができる、共通の話題が欲しかった。サッカーは難しいスポーツだと思う。もちろん簡単なスポーツなんてないのだけれど、サッカーは体も頭も休む暇を与えてくれない。試合が動いている間はずっと走りっ放しに近い。しかもイメージとしてはダッシュとジョギングの繰り返しで、ずっと同じペースで走り続けることはできない。展開によっては消耗が激しかったり、ボールが全然回ってこなかったりで、体力のペース配分が難しい。プロの選手でさえ、後半に足が吊って座り込んでしまうことがあるくらい、体力勝負の占める割合が大きい。持久力が大前提のスポーツで、体力なくしてサッカーはできない。加えて頭も使う。チーム内の約束事や戦術に加えて、刻一刻と変化する状況に合わせて自らの判断で動かなければならない。監督、コーチから指示も飛んでくるし、チームメイトで声も掛け合う。それでも最後に決断するのは自分自身。頭も身体も休む暇がないスポーツがサッカー。そして、とても美しい瞬間が訪れるスポーツ。尤もそこまでの道のりが長くて嫌い、という意見は理解できるのだけれども。


 サッカーはなかなか点の入らないスポーツ。0対0の試合だって珍しくはない。そして、ホームランもスリーポイントシュートもトライもない。どんなゴールも同じ1点。全てのゴールが全く同じ価値として評価される。後世まで語り告がれるビューティフルゴールもごっつぁんゴールも全て1点。その1点がこんなにも遠い球技は数えるくらいしかない。観客を招き、もしくは中継を行うエンターテインメントで一番の見所、醍醐味、盛り上がりのチャンスが数えるくらい、場合によっては1度もないなんて、大問題だ。90分も走り回って0対0、何やってたの、意味がない、つまらない・・・・・・普段サッカーを見ない人、あまり関心のない人がそんな感想を抱いても不思議はない。だからこそ1点が重い。その貴重な1点を奪取すべく各々が試行錯誤する。各人がピッチ上で体と頭を酷使してトライ・アンド・エラーを繰り返す。ひとりひとりが打開策を模索する。サッカーはチームスポーツでありながら個人技の光る場面が、そして1対1の局面が非常に多い。見てれば分かると笑われてしまいそうだが、個の集合体がチームであることをサッカーから学んだ。チームを構成しているのが、孤独な個の戦いだと。

 低学年の頃は、ただただ楽しくボールを蹴っていた。シュートがゴールネットを揺らした時の快感、特に自分の狙い通り、もしくは狙った以上のボールが飛んでいった際の気持ち良さは他に代えがきかない。シュートに手応え(足だけど)があった時はゴールに向かっていくボールの軌道が白く見える―そこに小人や妖精が隠れているみたいな―白く光る道が。男の子をドリブルで抜いた時や、スプリント勝負でかわした時はどうだ!と心の中で叫んでしまう。同時にちょっと安心するのだ、戦えると。体の強さやシュート力ではちょっと敵わない男の子にも、騙し合いやスピードで対抗できるのがサッカーの面白い所だと思う。真っ向勝負以外の遣り様が複数あるから、武器を磨けば戦える。あと個人的にはワン・ツー・パスが好きだった。距離感や意思疎通を共有した味方と協力すれば、上級生だろうとコーチだろうと怖くない。ひとりではどうにもならないような相手でも十分に渡り合える。難しい技術は必要なく、練習通り落ち着いてパスを送れば敵は為す術なく見送るしかない。楽しかった。

 選抜メンバーになって、そして初めての公式戦を迎えるに当たって―記憶喪失でも頭がおかしくなったわけでもなく―それまでどんな気持ちでサッカーをしていたのか分からなくなってしまった。ふと立ち止まってみたらいつの間にか、いつの頃からか、緊張という魔物が自分の中に棲みついていて、いやらしくニタニタ笑いながら許可なく体の中を蠢いていて、出て行ってと追っ払っても服に跳ねたブドウジュースみたいに擦っても剥がそうとしても、しつこく居座っていた。サッカーが嫌いになったわけではない。変わらずサッカーは好きだった、見るのもやるのも。だのに恐怖心に負けて体が硬くなる、頭が働かなくなる。それは即ち、集中力の欠落を意味する。そんな状態で満足のいくプレーができるはずはない。期待されたプレーに届くはずもない。緊張が生み出すサッカーへの恐怖心、その悪魔を退ける術を私は知らなかった。私は弱いのかな、女子じゃダメなのかなとそれとなくお父さんに相談したら、皆同じ、誰しもが通る道だと教えてくれた。試合が怖くない人はいないのだと。そしてお父さんが学生時代や今でも実践している方法を教えてくれた。

 父から譲り受けたCDウォークマン。お古ではあるがまだまだ新しい。買って一ヶ月くらいしかたっていないはず。父はそれまで使っていたカセットウォークマンに戻るそうだ。私がカセットでいいのにと言ったのだが―珍しくと言ったらお父さんは渋い顔をするかもしれないが、久しぶりに真面目な話をした。お父さんが自分の弱さを晒しながら、助言とウォークマンを渡してくれた。これが絆になる。数年後、私から父へ、命を繋ぐ絆となる。でもそれはもう少し先の話。私がもう少し、成長してからの話。少しは父に、恩返しをできるようになってからのお話。

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