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あなたへ~山川と詩音  作者: 遥風 悠
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音の力、音楽への祈り⑤

 ホイッスルが吹かれ試合開始。同時にちょっと意外な光景が展開された。左サイドバックで出場した詩音だったが、積極果敢なディフェンスはしなかった―見てるだけ?―それがチームの作戦の様だった。強く、激しく、厳しくがディフェンスの基本的な姿勢なのだが、詩音は相手チームのフォワードをマークするもののボールを奪取するという意思は感じ取れなかった。相手に張り付いて自由にさせないことが、詩音に与えられた守備面の役割に感じられた。激しい接触の避けられないスポーツではあるが、4年生の女の子を高学年の男子に正面からぶつけることは、さすがに抵抗があったのかもしれない。ましてや初めてのAチーム。積極的にボールを取りに行くのではなく、粘り強く相手をマークしてパスミスを誘ったり、無理に仕掛けてきた所をカットするという方針なのだろう。そして一際目を引いたのが詩音のチームのスイーパーの選手、この子のゲームコントロールが素晴らしかった。自身のディフェンスと詩音のフォローを完璧といえるレベルで両立していた。本当に2軍の選手かと疑ってしまう。遠目でも彼が頻繁に指示を出しているのが分かったし、フィールドプレイヤー全員が彼を指揮者としているように見受けられた。

 

 オーバーラップ―サイドバックの選手が味方のサイドハーフや時にフォワードの選手を追い越して、敵陣の深くまで攻め入ること。相手からすると単純にマークする人間が1人増える訳だし、後方から上がってくる選手というのは対処が難しい。詩音の快足を活かした作戦だということはすぐにピンときた。もちろんただ前線に走ればいいということではなく、パスの出し手と息を合わせなければいい形でボールを受けることはできないし、調子と勢いに乗って前に出過ぎるとオフサイドになってしまう。また、オーバーラップ中にボールを奪われてしまえば詩音の背後はガラ空き。どうぞここから攻めて下さいと言っているようなものだ。だからオーバーラップを仕掛けるタイミングはなかなかシビア。フォローに入るスイーパーとの連携も大切。加えて体力の問題もある。詩音のポジションはあくまでディフェンス。敵陣まで駆け上がったら必ず自陣まで戻ってこなければならない。オーバーラップとはディフェンスに大きな隙を作る諸刃の剣である。そしてそれを管理しているのが、スイーパーの少年だった。

 敵の右サイド深くのスペースにボールが送り込まれた。そこへ走り込むは詩音。気付いた相手選手も並走を試みるが、詩音の方がずっと速かった。相手選手と監督はさぞ驚いたことだろう、そして納得させられる。そういうことか、と。結果、詩音が一瞬ではあるが、敵陣にてフリーでボールをキープできる。いわゆるスプリント勝負という奴だ。これならば身体の大きさは関係ない。そして上級生を相手にしても詩音の快速は通用する。一方の監督は笑いを◯み殺し、他方は対応に追われる。相手選手は皆、驚いたことだろう。小柄な女の子で、訊く所によるとまだ4年生。どんな選手なのか注目してみれば特徴は一目瞭然、スピードだ。しかも1回目の攻撃参加で思い知らされた。ちょっと速いとかいうレベルではない。飛び抜けて速い。何故女の子が、どうして4年生がという疑問に対して、そいうことかと誰しもを黙らせた。罪を認めない容疑者に対して名探偵がとっておきの証拠を提示し、あっさり犯人が諦めるテレビドラマのような、絶対的かつ強制的な説得力を持っていた。協力な武器である。まるで飛び道具だった。

 さらにもうひとつ。詩音は持久力もなかなかのものらしい。自陣から敵陣まで、結構な距離の往復を繰り返した。スイーパーの少年ともうまく意思が疎通できていたようで、オーバーラップで空いたスペースは少年がしっかりとカバーしていた。そして左サイドを駆け上がった詩音からは何本ものセンタリングが上がり、得点にも結び付いた。アシストという奴だ。我が娘ながらなかなか鋭くて、ゴールに結びつきやすいボールを上げる。さらには、利き足ではない左足でも悪くないクロスを蹴っていた。ずいぶん練習したのだろうと感心する山川。逆足のトレーニングはプロでも疎かにしがちだ。まともに両足を使える選手は数えるくらいだろう。プロなのに?と思うかもしれないが、逆足の練習は利き手と逆の手で箸を持つ練習をするようなもので、精神的にしんどい。単純につまらない。この年齢(とし)で逆足も蹴ることができるとは、なかなか将来有望だ。

 さて、妙な事が気になり始めた山川。この試合はBチーム戦のはずだ。前の試合と比較してもレベルはワンランクダウン。それにしてはあのスイーパー、上手すぎる。Aチームで通用するというか、Aチーム戦に出るべき選手に思われた。自身のプレーも然ることながら、味方への指示が(こな)れていた。ひとり、コーチかベテラン選手が混じっているかのようだった。


 詩音の入っているクラブチームについてちょっと説明を挟んでおこう―練習試合で違和感と期待を覚えた山川は帰り掛け、クラブハウスでパンフレットを手に取った。帰りのバスの中で読んでみるか、と。うますぎて強すぎたのだ、詩音のチームが。そしてスイーパーの少年が―昨年は地区大会優勝、そして都大会ベスト4。帰宅途中のバスの中で「えっ」と、思わず声を漏らしてしまった。今回はさすがに回りからの視線を感じた。そんなに強かったのか・・・いや、そんなはずはない。3年前、詩音が入った当初はそんな話は訊いたことがなかった。パンフレットにも記載はなかったはずだ。強くなったのだ、この数年間で。

 午前中に行われたAチームの2戦目。やはりというべきか、例の少年はセンターハーフとして出場していた。そして詩音も左サイドバックで登場。山川の目に狼狽は見られない。不安や心配よりも、もはや期待や好奇の念が上回っていた。あの少年は何者だろうか。こっそり行ってひっそり帰ってきた山川だったが、夕飯の準備をしていても胸が高鳴って収まらなかった。Bチーム戦の後に行われた2度目のAチーム戦でも変わらず見事なプレーを披露した。いや、本領を発揮してBチーム戦以上の活躍だった。Bチーム戦ではスイーパーとして指示を出したリフォローしたりと、本来の役割・ポジションではなかったのだろう。先の試合では攻撃に参加することなく後方から見守っていた。転じてAチーム戦。ポジションをセンターハーフに上げた。ゲームを組み立てる現代サッカーの花形ポジションにおいて、前の試合よりも遥かに活々と動き回っていた。ポジションの違いもあろうが、気遣いと遠慮がなくなってボールに触れる回数がうんと増えた。前の試合で我慢していた部分もあったかもしれない。ゲームを見守るような位置取りから、チームと試合の中心に陣取った。不覚ながら、詩音よりも彼を観察していた時間の方が長かった。後半は彼の事しか見ていなかったかな。

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