さる弟の揺蕩い
本日4話目。
吹きこんでくる風の無い室内で揺れる、魔法具の光。
自然の火と似たように揺蕩うそれはどこまでいっても作られたものであって、ふとした瞬間に人工物であると思ってしまう灯りだ。
まだまだ改良の余地はありそうだ。
作業の合間、ぼんやり机の上に置かれたそれを見ていた青年は思った。次の魔法具作成用のメモに残しておこう。
与えられている部屋の大きさは人一人が暮らすにあたっては十分といえるもの。
キッチンは必要がないため用意されていないが、お湯を沸かす程度の器材は揃っている。
今のように、夜遅くまで仕事をする際の息抜きによく使う湯沸かし魔法具も、彼が作ったものである。
青年は光だったり熱だったりを使う魔法具作成を得意としていた。魔法大国にある学院を卒業する際の研究でもそういった類いの魔法具を作成したくらいである。
魔法も、魔法具も。
それ以外だと武術関連に勉学、他の事柄についても。
そこそこの実力を持っていると、青年は自身を評価している。どんなこともある程度はできた。
だから、おそらく、今の状況に心の底から納得することは一生来ないのだろう。
いくら自分に才能があろうと、最終的に周囲が持ち上げるのは兄だった。
すごいね、よくできたね――なんてことを言っておきながら、これならお兄様も安心できるね、って。
……ふざけるなと怒鳴りつけたくなったことも何度あったか。
けれど事実として、兄に追いつけたことは一度たりともなかった。
より具体的には、彼の求める立場における才能面で、あるいは努力を含めた実力という点で、兄に勝てたと確証を得られたことは未だかつて存在していない。
……自覚はしている。分かってはいる。
いや、まぁ、別に。
そのことでもはや波打たない心の臓の音で、けれども湧き上がってくる感情がないのかといえば嘘になる。
でも、別に、勝てないからといって。
自分の価値が。
下がるわけでは、ないし。
なら、まぁ、別に。いいじゃ、ないか。
そんなことより。
理性が脳みそに囁いてくる。
今はやるべきことがあるだろう?
だから青年は、一つ瞬きをすると、己が作った魔法具から視線を引き剥がした。
手元の書類に意識を戻す。
とあるプロジェクトに対する一部の計画について書かれたその紙には、彼と同じく兄を持つ人間についてのことも記載されている。
載っている人間もまた青年と同様に弟という立場で、才能豊かな兄にコンプレックスを抱いているところまで一致していた。
故にこそ、共感できる部分はいくらでもあった。
ただ一点、彼と違うのは、書類上の弟は決して天才であるといえるほどの才を持っていないことか。
その上、才能を才能として知覚していない。
共感はできても同族であるとは思いたくない。それが青年の抱く感想である。
まぁ、この人間のことはどうだっていいのだ。
自分がどう思っていようが、このプロジェクトは成功させなければならないのだから。
――無音で真っ暗闇に呑まれかけたことを、彼は意識から排除していた。
日も変わり、もうまもなく一時を過ぎようとしている真夜中にて。
青年は変わらず手を動かし続ける。
一枚紙をめくっては、必要に応じてメモなり記入事項なりを書きこんでいく。
そしてまた一枚、紙をめくる。
寝るまでに終わらせなければならない仕事はまだ残っていて、けれども明日もまた仕事は待っている。
明日も働けるよう、睡眠も最低限必要な分を取らなくてはならない。
……時間すらをも操れてしまうくらいに魔法の才能が力があったなら、なんて考えたことも、一度や二度ではない。
現状時間を操れる魔法は存在していないと言われている。理論上では証明されているものの、それを使えるほどの人間がいない。
いないから、そもそもその理論が正しいのかを実証すらできていないのだけれど。
証明された魔法も、操れて数秒程度かつ相当量の魔素を使うと記憶している。
青年からすると、今の技術で時間関連の魔法を実現することはまだ難しいだろうといった所感であった。
そんなことを考えたところで状況は変わらない。
余計なことに頭のリソースを割いている余裕はない。
疲労と睡魔で停止しそうな頭の回転を無理やりに稼働させて、青年は目の前の作業に集中する。
魔法具の光がまたひとつ、揺らめいた。




