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本日3話目。
今日の夕食で不備があったのだろうか。
頭の片隅でそう考えつつ、とはいえナナリアが入室の許可を出さずとも勝手に入ってくるだろうと判断する。
だから特に何かを言うことなく、ただ息を殺した。ご飯を食べては吐いているところを見られるのが嫌だったから。
それこそもし仮にエビリウスが来ていたら、その場で殴られる。それくらいのことは容易に想像ができた。
別館に設けられた私室を覆う静かな空気。
ほんの少しでも動けば、その重さに鋭さに、全身がアザと切り傷だらけになってしまいそうだった。
扉は開かれない。
あるいは、何か返答することを求められているのだろうか。
王宮に呼ばれたから。一週間後にまた王宮から使いが来ることは分かっているから。
ナナリアがマナーとして、いつもはする暇さえ与えられない入室の許可というものを発することを待っているのかもしれない。
けれど、もし違ったら……――なんて、考えてしまって。口の中に砂を貼りつかせたようなカラカラとした竦みが出てきてしまう。
ふと控えめに、ドアノブの捻られる音がした。
心臓がうるさく鳴っている。
少しばかり、こちらを覗けるか否かすら定かではないくらいに扉の板が開かれる。
けれど隙間から先に誰もいなかったから、ナナリアは怪訝さを覚えた。
違う、下だ。
普段よりも低い位置に、件の来訪者はいた。
一瞬、誰だろうかと目を瞬かせて。
カチリ、記憶の人物と合致する。ああ、彼女は――――
先までナナリアの思考に顔を出していた少女。
ビリリアント・リウイーアだ。
エビリウスの娘でもある彼女が、なぜ今になって尋ねてきたのか。
思い当たる節はひとつしかなかった。
この部屋に入れられてから変わったことといえば、やはり今日、王宮に行ったということくらいで。
……彼女のことは気になっていた。大丈夫なのだろうかと。
あの叔父、ビリリアントにとっての父がすぐそばにいる環境で、果たして無事に生活できているのだろうかと。
だからナナリアは声を出そうと口を開いた。
「どう、したの……?」
呼びかけと、少し間の後、ビリリアントは自分の体が入れるくらいに扉と壁との隙間を広げた。
「ナナリアお姉さ、ま……」
おそらくは何かを問いかけようと、視線を上げた彼女。こちらの姿を捉え。
瞬間。
彼女の右手が、ドアノブに添えられていたそれが、急激な何かに押し剥がされるようにして、だらり、体の横に垂れ下がる。
瞳孔が何かしらの感情で揺らめいている。
一歩、後方へとふらつきながら下がった。
震えている、と、扉の隙間からもわかるくらいに、彼女の顔は真っ青になっていた。
どうしたのだろうかともう一度声をかけようとして、また一歩、ナナリアから離れた。
そしてそのまま踵を返す。
行ってしまう――。
「あっ――、まって」
ナナリアの呼びかけも叶わず、しばらくして別館の玄関の扉が開閉する音が聞こえた。
追いかけようと気を急いたために思わず身を乗りだしてしまって、バランスを崩しそうになる。
机の端を掴んでどうにか体勢を整えた。
視界に自身の手が映りこむ。
あまり肉の残っていない腕。
鏡の向こうの自分も、昔に比べたら随分と痩せていた。まともにご飯を食べられていないせいだ。
ビリリアントは、見目で細くなってはいなかった。
少なくともナナリアよりかはまともに食事をとることができているのだろう。
よかったと安心する反面、自分が心配をする必要もないらしい。
なら、もう。
ナナリアは右手を伸ばして引き出しを開けた。
中に入れられた『世界一の遊園地』のメモ帳。
約束した。
この国に世界一の遊園地を創ることを、今は亡き両親と。
このまま、リウイーア侯爵家の別館に閉じこめられたままでは、遊園地なんて。
……とうてい、創れっこない。
この屋敷も、たしかに両親との大事な思い出だ。
けれどここにいたって、かつてのような『幸せ』を得ることなんてできやしないのだ。
(幸せ。……わたくしの、幸せ)
アフィーズ殿下は、ナナリアと婚約をすることで得られるかもしれない『幸せ』を欲していた。
なら自分にとっての幸せとはなんなのか。
今一度、手に取ったメモ帳としっかり向き合う。
もし、もしも、世界一の遊園地を創ることができたら。
(わたくしはまた、幸せになれるのかしら)
あの日、お父様とお母様と一緒に隣国の遊園地に行った日は、ずっとずっと楽しかった。
幸せだったとも、表現できる。
この国に、ハルヒリーデ王国に遊園地を創れば、また、あの日のような感情を得られるかもしれない。
(……だったら)
メモ帳の先、机の上には冷えきった夕食が置かれている。
暖かみのかけらもない生活が嫌ならば、自分で掴みにいけばいいのだ。
ナナリアは『世界一の遊園地』の冊子を力強く抱きしめると、心の内で決めた事柄に、吐く息を奮い立たせた。
☆☆☆
一週間後、王宮からの使いに応じ、ナナリアは再び王宮へと参じた。
向かった先の部屋でアフィーズが待っていた。
こんにちは、と彼は微笑む。
「どうするか、決まった?」
対し、「はい」と。
八歳の少女は、自分の幸せのために、次期王妃という立場を利用する。
「わたくしはあなたと婚約を結びます」
すべては世界一の遊園地をハルヒリーデ王国に創るため。
アフィーズからなぜそう決断したのかと理由を聞かれて、とはいえ素直に答えることはよくないので、それらしい理由――この国をよくするために尽力したいと思ったからと、返したけれど。
「うん、そっか」
じゃあこれからは仲間だね、とアフィーズは口角をさらに上げると、片手をナナリアの方に差し出してきた。
ナナリアは、少し戸惑いを覚えながらも、その手をゆっくり握りかえす。
「これからよろしくね、ナナリアさん」
「……よろしくおねがいします」
絶対に世界一の遊園地を創ってみせると、胸の中で誓いを立てた。




