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次期王妃様は遊園地がお好き  作者: 叶奏
第一幕 記憶という名の約束

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1-6

本日2話目。



 別館のナナリアに与えられた部屋に戻り、ドレスから部屋着に着替える。

 インク汚れのついたドレスは、果たして洗ってくれるのだろうか。

 捨てられなければいいなと、現実逃避気味にナナリアは思った。


 ナナリア以外に誰もいない部屋で、いつも通り、扉から一番遠い角にうずくまる。


 壁に身を預けて、この家に留まり続けている『もうひとつの理由』に想いをはせた。


 ナナリアより一歳下の女の子。

 叔父エビリウスの娘。

 名前は、ビリリアント・リウイーア。

 叔父とは違い、かつてナナリアの両親が生きていた頃から本館で暮らしていた、ナナリアにとってのいとこであり、唯一の親友に近しい存在。


 自分のことで手一杯ではあるが、かといってどうしても脳みそが回転してしまう時にはビリリアントのことを考えて気を逸らしていた。

 ビリリアントなら、まだ、両親のことで頭がいっぱいになるよりかは辛くないから。

 それでも結局は両親の思い出に行き着いてしまって、涙を零す羽目にはなるのだけれど。


 別館に閉じこめられて以来、ビリリアントとは顔を合わせていなかった。

 というより、王宮からの使いが来て初めて本館へ行った。



 ビリリアントは、今、どんな生活を送っているのだろうか。


 彼女も多分、叔父の性根については理解しているはずである。

 直球でそう聞いたわけではないけれど、いつぞやにお父さんは怖いと言っていたことを覚えている。


 もし、自分が王太子の婚約者になるとして。その場合、アフィーズからは王妃教育のために王宮で寝泊まりすることが条件としてついてくると説明されている。

 家族と離れ離れになってしまうのは苦しいかもしれないけれどと心苦しそうにしていた。でも父上がそうおっしゃったんだ、ナナリアさんが次の王妃になるのであれば王宮で生活してほしいって。


 どうすればいいのだろうか。

 ナナリアは疲れきった様子で目線を上げる。

 太陽が沈んで、もうまもなく夜の天蓋がこの国を、世界を、覆い尽くそうとしていた。



 まとまらない思考をこねくりまわしていたナナリアは、いつのものような無機質さでノックされた扉の音で我に返った。


「失礼します」


 夕食をお持ちしました。


 部屋の隅にうずくまるナナリアを気にもかけず、使用人はお盆を置いて部屋の外へ出ていく。

 もはや慣れてしまった、何百と繰り返された行動。

 ややあって立ちあがったナナリアは、やはり変わらない表情のまま、椅子にかける。


 脳裏によぎるのも、やっぱり変わらない、かつての食事風景で。

 ああこれも吐くんだろうなと淡く思う。



 ……もし、王宮で暮らすようになったら。


 一人ではなく誰かとご飯を食べるようになったら。


 ただただ辛いだけの時間も、変わるのだろうか。


 ふと目の端に映ったのは、わずかに開かれた引き出しで。

 普段はきっちり閉められているのになぜ開いているのかと考えて、昨日から今日にかけての王宮からの使い騒動でかと結論づける。


 引き出しの影に何かが見えた。

 ドレスとか正装時に身につけるアクセサリーの類は別の部屋にしまってあるから、ここにあるのは本当の本当にナナリアの私物といえるものだけ。

 とはいえこの部屋に移された時、目につくものはおおかたエビリウスによって捨てられた。中にほとんど物が入っていなくて軽いからこそ、慌てふためく準備をしている最中のどこかの衝撃で開いてしまったのだろう。


 ナナリアに残されたほんの僅かな私物のうちのひとつ。

 机右側、一番上の引き出しに置いてあるそれを、ナナリアは覚えていた。糸で引かれるようにして手を伸ばす。


 一冊のノート。

 というより、大きさはメモ帳程度の、無線で綴じられた冊子。


 表紙には『世界一の遊園地』の文字。



 ――ハルヒリーデ王国に、世界一の遊園地をつくるわ!



 その時、お父様とお母様は満面の笑顔で応援してくれていた。


 ああそうだ、約束したんだった。


 創るって、わたくしが世界一の遊園地を――って。


 忘れていたというより、頭の隅の隅に追いやり押さえつけていた。

 両親の生きていた時間を思い出したら辛くなってしまうから。

 涙が零れてしまうから。

 苦しいって、叫びだしたくてどうしようもなくて、頭の中がぐっちゃぐちゃになってしまうから。


 一度脳の表側にしがみついてきた思い出は、もう、離れそうになかった。



 …………離したくない……のかも、しれない。


 メモ帳を取り出し、久しぶりに読もうとして、お盆に乗せられた夕食が目に入る。

 現実が戻っておいでと声をかけてきた。

 ほら、ご飯を食べないと怒られちゃうよ?


 無意識下で右手がメモ帳を手放していた。

 握られたナイフのひんやりとした底冷えする感覚で、知らず知らずのうちに自分が今食事をとろうとしていたことを知覚する。

 すぐそこにいなくとも叔父からの支配を受けるようになっている事実に、鈍い恐怖を覚えるも、だからといってどうしようもないではないかと小さく、身をこわばらせてしまう。



 ……いや違う、今は。


 瞬き蘇った王宮での出来事に脳のリソースを委ねようとして。


 コンコンコンっ、と。


 部屋の外から音が響いた。




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