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次期王妃様は遊園地がお好き  作者: 叶奏
第一幕 記憶という名の約束

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1-5

本日1話目。



 アフィーズからは一週間後までに決めてほしいという旨を伝えられた。

 一週間後、使いの人がリウイーア侯爵家にまた行くから、その時までに考えてほしいな。


 それから、ナナリアは来た時の同じ使いの人にまた案内してもらい、帰路についた。


「ではナナリア嬢、また一週間後に伺いますので」

「はい。ありがとうございます」

「こちらこそ、急のお呼び立てに応じていただけ、ありがとうございました。それでは失礼いたします」


 ひとつ礼をすると、使いの人は王宮に戻っていった。


 馬車が見えなくなって、ナナリアの顔から笑顔が抜け落ちる。

 ああきっとこれから、叔父に呼ばれる。

 今だけは自分の住処に逃げてしまいたかった。……別に、別館に引きこもりたいかと問われたら、そういうわけではないのだけれど。


 エビリウスから何をされるかが分からない。

 彼の機嫌次第では、殴られる。

 一週間後に王宮の人が来るからといって、後先のことを考えず行動する人だ、あの人は。


 叔父から逃げるために、婚約者となるのもいいかもしれない。


 旦那様がお呼びですと無表情の使用人から言われ、その後をついて歩くナナリアは、密かに胸の内で思う。

 この家から抜け出すためには格好の理由で、けれど本当にその選択肢を取ってもよいのだろうかとも考えてしまう。


 だってこの家は、お父様やお母様と暮らした思い出の残る大切な場所で。


 意匠はまだ、かつてのまま。

 しかし、もし自分がいなくなってしまったら、塗り替えられてしまうかもしれない。現にかつての使用人たちは皆、いなくなってしまった。追い出されてしまった。


 ……もうひとつ、家を出たくない理由はあるのだけれど。


「お嬢様、こちらでございます」

「…………」


 そんなこと、言われなくても分かっている。

 あの人はナナリアの父が仕事部屋として使っていた部屋を、真っ先に、自分好みの色に染め上げたから。


 すべてを奪われたナナリアにとって、幾分か両親の色が残るデザインらは、いつの間にか、両親がいたという事実を表しているが故の心の拠り所となっていた。これがなければ、とっくのとうに心が壊れていたかもしれない。

 あるいは叔父からもたらされる、まるでナナリアの父も母も生きていなかったといわんばかりの変容に抗いたいのかもしれなかった。


「……当主様、ナナリアでございます」


 控えめに、あるいははっきりと叩く力すらないために、弱々しく、コツコツコツと扉を鳴らす。

 しばらくして部屋の中から入室の許可が出た。


「失礼、いたします」


 怖いと震える心を押し留め、ドアノブをひねる。

 うつむきがちに歩を進め、扉を閉めた。手のひらに爪を立て己を鼓舞し、エビリウスに向きなおる。


 リウイーア侯爵家当主は、執務机の椅子にふんぞり返っているように見えた。

 窓を背にしているための逆光故か、ちょうど彼の影だけが切り取られているようだった。


「報告をしろ。王宮で何を吹きこまれてきた」


 正直に言ってよいのだろうか。言って、殴られないだろうか。


 だが嘘をついているとバレたら、それはそれで蹴り飛ばされるかもしれない。


「…………婚約を」


 色々な可能性が脳内を駆け巡って、末、ナナリアは正直に話すことにした。


「王太子殿下から、婚約を結びたいと、持ちかけられました」

「ほぅ」


 ふと、叔父の手が机の上に置いてあったインク瓶に触れる。

 軽く弄ぶようにしてそれをなぶると、唐突に振りかぶった。


 ――ガシャンッ、と。


 それはナナリアの足元で割れる音を立てた。

 続いてそれに入っていた液体が飛び散るのを、ナナリアは視界の端で捉えた。

 数センチ位置がずれていたら、ナナリアの足に当たっていたであろうそれは、黒い黒いインクを吐いてはナナリアの着ているドレスの裾に侵食してくる。

 お母様が選んでくれたのにと、泣いてしまいたい気持ちをグッと堪えた。


「んでおまえなんだよっ。んで俺の娘じゃなくてアイツの娘が選ばれるんだ!」


 怒りにまかせ叩かれた机。

 次いで鳴った、死神が笑うかのような物音。机上の何か固いものが衝撃に揺れた音。


「クソッ……んで? おまえはなんて返事したんだ?」


 わななきそうになる声を抑えることはできなかった。


「な、にも……まだ、なにも」

「はっきり答えろっ!」

「っ」


 竦む。

 耳を塞いで肩を抱いて瞼を閉ざしてうずくまりたくなる。

 それでも答えなければ、今度は顔にものが飛んでくる可能性すらあった。

 だからナナリアは、ハクハクと息を吸いこんでは無理やりに唇をこじ開ける。


「一週間後に、また、来ると。その時に、返事を聞くと」

「……あっそ」


 なぁ、分かってるよな?

 執務椅子に座っているはずの叔父の声が、耳元で聞こえているかのように錯覚を受ける。


「断れよ? この家の主人は俺だ。……従うよな?」


 ナナリアは、ただ頷くことしかできなかった。




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