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本日5話目。
「初めまして、ナナリアさん」
くせっ毛の強い淡い青を宿した髪の毛。少したれ目で、瞳は赤色。
外見の特徴から、現在十歳らしいアフィーズ殿下で間違えなさそうだ。
「僕に会いに来てくれたんだよね?」
「は、はい」
「うん、なら入って。せっかくだからさ、座って話そうよ」
「……わかりました」
導かれるまま部屋に入り、――ついでに後ろで扉が閉まり――アフィーズ殿下が座るのを見届け、ナナリアも許可をもらい腰を下ろす。
コトリ、コトリと紅茶が八分目まで注がれたティーカップがソーサーと共に置かれてから、アフィーズは話しはじめた。
「改めまして、僕はアフィーズ=ノニア・ハルヒリーデ。ハルヒリーデ王国の王太子で、次期国王です。
えっと、ナナリア・リウイーアさん――であっていたよね?」
「あってます」
「よかった。これからよろしくね」
「よろしくお願いします」
ナナリアは言葉と一緒に頭を下げる。
「ナナリアさんが僕の婚約者になるかも、っていう話だったよね」
「そう、ですね」
「僕も今日知ったからさ、実はびっくりしちゃってて。えと、ナナリアさんはいつくらいに知ったの?」
「わたくしも、今日。先ほど国王陛下よりお聞きしました」
答えながら、ナナリアさん、今日何度目か分からないびっくりに目を白黒させてしまう。
殿下も今日伝えられた。
国王陛下は急にナナリアが婚約者の候補者に選ばれたわけではないといったようなことをおっしゃられていたが、実は急だったのではないかと疑いたくなる。
ナナリアも自分と同じであると知ったアフィーズは、そうだったんだと苦笑する。
「やっぱり驚いた?」
「えっと、はい」
「だよね! よかった、ナナリアさんも同じだって分かって、安心したよ」
まったくと言わんばかりに肩をすくめて笑うアフィーズに、ようやくナナリアも表情を少しばかり崩せるようになってきた。
「にしても、婚約者かぁ……」
あんまり実感湧かないなぁ。そうぼやく王太子殿下。
「もちろんさ、どういう存在でっていうのは知っているよ? 結婚とかについて話だけなら先生とか本とかで読んだことがあるから」
けどさ。
そっと彼は目をふせる。
「僕、生まれる時に母上、亡くなっているからさ。それで、父上と母上が一緒にいるところ、見たことなくて。だから分からないんだ。
そりゃまだ十歳だし、母上がご存命でも分からないものなのかもしれないし、なんとも言えないんだけれど」
この国の王妃が亡くなっている事実については、ナナリアも把握していた。ハルヒリーデ王国全国民が知っているくらい有名な話だ。
アフィーズが生まれる代償に、かつての王妃はその命を手放した。
それでも国王陛下はアフィーズのことを責めず、再婚等もしてこなかったという。
これは小さい頃、ナナリアがお母様から聞いた話だ。
ちょうどナナリアがこの国の王族について先生から学んだ時、王子さまにはお母さんがいないのか、なんて思って。そのことをお母様に話しにいったら、確かに悲しいかもしれないけれど、王子さまには優しいお父さんがいるから大丈夫だよって、そっと頭を撫でられた。
そんな、いくつもある幸せの記憶のひとつ。
「ねぇ、ナナリアさん。結婚するって、幸せなことなのかな」
――なんとなく。そう、なんとなく。
ナナリアは、立場とか地位とか、そういうしがらみで適当に答えを惑わせてはいけないような、そんな気がした。
そりゃもちろん、ナナリアだって結婚のことは知らないけれど。
お父様とお母様のことはずっとずっと見ていたから。
瞼の裏にかつての懐旧を映す。
いつだってニコニコと笑って仲が良かったかって、別にそういうわけではないことくらい、ナナリアの思い出の中にもいる。喧嘩している様子を見かけたこともあった。
けれど、最後には必ず、仲直りをして。
お父様はお母様を、お母様はお父様を、互いが互いに支え合って、生きていた。
思い返すだけで心が暖かくなるのを感じ、自然と笑みが零れる自分に気づいて、ならばきっとと、沈黙の蓋を切り落とす。
「たぶん、幸せ、なんだと思います」
本当にそうなのかは、ちょっぴり不安だったけど。
だってナナリアの叔父と結婚していたはずの奥さんは、元夫も実子のビリリアントすらも置いて逃げてしまったから。
けれども、やっぱりナナリアの知っている『結婚』の形は、お父様とお母様だった。
「わたくしにとって、お父様とお母様がいたころの思い出は、どれもだいじなものばかりなのです。そして、お父様もお母様も、いっしょにいてつらそうだとか、そういうことはなかったので」
もちろん、人によって結婚することが幸せかどうか、変わってくるのかもしれないが。
「結婚というかたちで、幸せをつくることはできるのではないかと、わたくしは思います」
そのあとほろりと滑り落ちた「今はもうない幸せですが」という言葉に、アフィーズもナナリアの両親が亡くなっていることに思い至ったのだろうか。
サッと表情を歪められる。
「ごめん、その僕」
「……だいじょうぶ、です」
あの日に戻れたらとは、今でも思う。
世界一の遊園地にもう一度行きたかった。
だが今、アフィーズ殿下には関係のないことだ。
アフィーズはナナリアの顔を見て哀しげに笑う。ちょっと待っててねと言って立ち上がった。
なんだろうかと言われた通り大人しく座っていると、アフィーズは本棚の前で止まる。
本の背表紙を撫でるようにして人差し指を走らせると、やがて目的のものを見つけたのか、一冊の本を手に取った。
再度ナナリアの前に座ると、アフィーズは本をパラパラとめくった。
「えっと……あ、あった」
見つけたページをよいしょと開くと、ナナリアの見る方向に合わせて本を机の上に置いた。
「これは……」
「占いについて書かれた本だよ。僕、魔法が好きでさ、占いとかの本も時々読んでいるんだ。考え方のヒントになったりもするから。
で、今開いているところは、数字の意味について書かれたところだよ」
「数字?」
なるほど、確かに文字を追っていってみると、このページには一から八までの数字とスピリチュアル的意味について記述してあるようだった。
「ナナリアさんってさ、名前に『ナナ』という数字が入ってるでしょ?」
「そう、ですね」
「七はね、えっと――、これかな」
アフィーズの指先がなぞるところに視線を合わせる。止まったのは、七という数字の意味について説明されている箇所。
そこにある文字を見て、あっ、とナナリアはアフィーズの表情に目を送った。
ふわり舞うような雰囲気に乗せ、少年は顔を綻ばせる。
「『ナナ』は幸せの数だから」
あるいは瞬くような輝きに、ナナリアはかつての煌めきを想起した。
「今日初めて会って、短い時間の会話だったけどさ。僕、君となら婚約を結びたいって思ったんだ。
もちろん、ナナリアさんにはしっかり悩んでほしい。今後の人生を決めるとても大事なことだから」
けれど、僕は。
「ナナリアさんが僕にとっての幸せになってくれると、すごく嬉しいな」




