1-3
本日4話目。
八年間生きてきて見たことがないほどに洗練された雰囲気に、ナナリアは内心気圧されていた。
それでもどうにか笑顔で表情を飾ろうとしているのは、両親が生きている頃の先生から教わった『貴族の令嬢はいつでも優雅でいなければなりません』という言葉があるから。
よく見れば緊張で引きつっていることに、本人は気づいていなかった。
急いで身支度をさせられて本館へ行くと、待っていたのは、ナナリアに宛てられた国王陛下からの登城要請だった。
久しぶりに顔を合わせた叔父は、なぜこんなヤツがという不満を洩らしていたが、さすがに王家に逆らうことはできなかったらしい。
そういうわけで、翌日の昼をいくぶんか過ぎた頃。昼食を無表情で食べ戻したナナリアは、再びやってきた王宮からの使いに連れられて馬車に乗り、王宮へとやってきていた。
歩きながら、ナナリアは周囲に耳を傾ける。
そうでもしないとバクバクなっている心臓から目をそらす手段がなかった。
「そういえば……聞いたことが……」
「……え、ありますよ。どうやら……、……はいかがで?」
「最近はめっきり……せんから、ない……」
「そうですか。しかし……なんて、羨ましいかぎりですね」
「全くもって同意します。やはり優秀な人間が選ばれるというところなのでしょう」
「今の国王陛下に成られてからまだ立ち直しているとはいえ、やはり……」
「分かります。…………で、我らはこの国で……」
「…………、仕方ありま………………」
「ええ、………………」
通り過ぎていった、おそらく貴族であるふたりの会話。小さな声で話していたので聞き取れた内容も限られているが、果たして何を話題としていたのだろうかと考える。
普段と違う景色によってか、いつもなら思考を止めようとしているはずの脳みそがうんうんとうなっていて、そうこうしているうちに先導していた使いの人が立ち止まった。
ナナリアも倣い足を止める。
「こちらが謁見室です」
「はい」
少しばかり震えたナナリアの返答に、使いの人は目元を緩める。
「大丈夫ですよ、ナナリア嬢。国王陛下はお優しい方です。緊張なさらなくても……というのが難しいことも分かりますが、どうぞ気を楽になさってください。まだ幼いあなたが多少の不敬を働いたとして、責める方ではありません」
「……はい」
「では、準備はよろしいですか?」
「大丈夫、です」
「分かりました。……では、扉を開けてください」
両脇に控えていた兵士への合図。
それに兵士らは頷くと、重々しい音を立てて開扉する。奥の景色が視界に映りゆく。
「どうぞナナリア様、お入りください」
使いの人の促しに従い、ナナリアはおそるおそる謁見室に足を踏みいれた。
国王陛下への謁見については先生からではなく、与えらえた教本を読んで知っている。
まだ教えられていなかったのは、当時の年齢でまだ謁見なんてする予定ないだろうと思われていたためらしい。おそらく教育の後半あたりで扱うつもりだったからなのだろう。
片膝をついて、頭を下げる。
たしか、許可が出るまで口を開いてはいけなかったはず。
見えていない視界の上側、国王陛下がいらっしゃるであろう場所の空気が、微笑む雰囲気で揺れるのを感じとった。
「よく来てくれたな、ナナリア嬢。顔を上げてくれ。楽にしてくれて構わない」
言われ、ナナリアは国王陛下を拝むことができた。
白いファーのついたマントを羽織り、滑らかな質感な藍色の服を着ている。金色で刺繍が入っているのが陛下の高貴さを強調していた。見た目の年齢としてはナナリアの父と同じくらいで、頭の上には王冠が乗せられている。
「昨夜は遅くに使いを送ってしまい、すまなかった。急に案が出たわけではないのだが、ようやく決断を下すことができたものでな」
ナナリアのすでに疲労を見せ始めている様子を鑑みてか、ハルヒリーデ王国の国王はひとつ瞬きをすると、言葉を続ける。
「単刀直入に伝えよう」
ナナリア嬢。
「もしそなたが良ければ、我が息子のアフィーズと婚約を結んではくれぬか?」
聞いて、思わず、ナナリアの口からは「えっ?」と尋ね返してしまう疑問符が零れた。
咄嗟に口に手を置いて隠そうとしたが、さすがの国王も聞こえていたようだ。
国王陛下はまぁ当然かと苦笑をすると、さらなる言葉を連ねた。
「つまり、将来この国の王妃になってほしいのだ。もちろん何かしら疑問があるのであれば聞こう。好きに問うが良い」
ナナリアは咎められないことに、怒られないことに、殴られないことに安堵しながらも、それならばと当然の疑問を口にする。
「なぜ、わたくしなのですか? リウイーア侯爵家はおなじ位でもそこまでえらくないと聞いたことがありますし、わたくしは今のリウイーア侯爵のむすめではないので」
「ふむ。確かに、外面だけを見ればアフィーズの婚約者に、そして未来の王妃に相応しい人間は他にいるだろう。
しかし余がそなたこそ相応しいのではないかと選んだのだ。もちろん断るのであれば無理にとは言わぬが、できれば一度、アフィーズと会ってから決めてはくれぬか?」
理由になっているようでなっていないような返答に、ナナリアはさらに疑問を深める。
なんとなく、大事なところだけは隠されているような、そんな感触。
分かったことといえば、会ったこともない国王陛下からナナリアが評価されているということ。
なんにせよ、王子さまにはお会いし、お話する必要がありそうだ。
「わかりました」
「うむ。アフィーズには事前に話を通してあるから、先ほど連れてきてもらった彼に案内してもらいなさい」
使いの人に視線をやり、よろしく頼むぞと国王陛下。
「かしこまりました。それではナナリア嬢、ご案内いたしますのでお立ちください」
ここまで先導してくれた使いの人に従い、ナナリアは頷くと、若干ふらつきながらも立ち上がる。
「私の後に続いてください」
「はい」
ナナリアは国王に向けて敬礼をし、謁見室を後にした。
「到着しました」
次に立ち止まったのは、やはり部屋の入り口前。
案内してくれた使いの人曰く、ナナリアの心の準備ができたタイミングで入ってよいそうだ。
あまり待たせるのはよろしくないだろう。
すー、はぁーっと、深呼吸をする。
三回、扉をノックした。
「ナナリア・リウイーアです。おじゃましてもよろしいでしょうか?」
部屋の中で何やら物音がして、そして。
扉は内側から開かれる。




