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本日2話目。
ふわり舞うような雰囲気に乗せ、少年は顔を綻ばせる。
「『ナナ』は幸せの数だから」
☆☆☆
かっぽかっぽと軽快な音を響かせ、馬車は前へと進んでいく。
とある日の昼下がり。
ナナリアがまだノイネの名をもらっていなかった――次期王妃となる前、六歳の時の話だ。
ナナリアと彼女の両親は隣国ネリストリア王国に旅行で来ていた。
整備された道を走る馬車はあまり揺れることがない。それでも時折カタリと音を立てては、母親の肩を借りてまどろんでいる少女の体を僅かに跳ね上がらせていた。
「旦那様に奥様。もうまもなくひとつ目の休憩地点につきますぜ」
すやすや寝息を立てるナナリアを静かに見守っているナナリアの父母。そんな彼らに御者台から声がかかった。
「分かった。知らせてくれてありがとう」
「いえいえ」
御者台からの快活な笑い声を耳にしつつ、ナナリアの父は娘の額をそっと撫でる。
「起こしてやらないとな」
「そうですね。ナナリアには、道中の景色もぜひ見てほしいですし」
「ああ。……ほらナナリア、そろそろ一回馬車を降りるから、起きなさい」
揺さぶること、数回。
ナナリアはわずかに肩を強ばらせると、小さなお手々で左目をこすった。己が母親を上目遣いで見やる。夜明け色の瞳は、まだ眠そうだ。
「んー……」
「おはよう、ナナリア」
「ついたの……?」
「まだよ。でももうすぐ、町に到着するわ」
ナナリアも降りるでしょう? と問いかける母に、寝ぼけ眼のまま、少女は小さく頷いた。
一行を乗せた馬車は順序よく並び、門をくぐる。
瞬間、耳と視界に広がる喧騒。
太陽が煌めき、雑多ではあるがどこか賑やかな、自国ハルヒリーデ王国ではあまりお目にかかれないような往来。
さすがは大国だと、ナナリアの父は感嘆のため息をもらす。
国境に近い町とはいえ、ここは地理の上では首都から離れた場所にあるはず。しかし、馬車に乗っている時に遠目から見た町の規模感からしても、ハルヒリーデ王国であれば町というよりむしろ街と表現されるであろうものだった。
治めているリウイーア侯爵領内だと、この規模感の街は領都含めふたつもあるかわからない、それほどまでの賑わいを見せている。
そしてその雰囲気を、ナナリアも幼いながらに感じ取っているようで。
「……すごい」
先までの眠気はどこぞに飛んでいったのか、瞳を輝かせ幼き少女は辺りを見回す。
紅鶸色のポニーテールが動きに合わせて宙を泳いでいた。
ナナリアたち一行が降り立ったのは、町に備えられた門を入ってすぐのところである。
ここで御者・馬たちの休憩のために一旦別行動となる。
二時間後、出発のために再びこの場所で集合する予定だ。
ナナリアは胸の内に込み上げてきたワクワク感を体全体で表現するかのように、くるり、半回転する。
「はやくいきましょう!」
輝かせた瞳に父と母は顔を見合わせると、優しそうに微笑む。
ナナリアの両手を片方ずつ、手に取った。
活気に溢れた通りを歩き、しばらくしてのこと。
両親に手を引かれていたナナリアはその歩を止めると、つられるように声を上げる。
「ねぇお父様、お母様」
視線の先の、ハルヒリーデ王国内では見たことのないものに対し、摩訶不思議に撒かれた顔をしたナナリア。
そんな彼女の可愛さに思わず「ふふっ」と笑いを洩らした母は、続けて彼女に問いかけた。
「どうしたの?」
「あそこからすごくいいにおいがするわ。あまいかおりがするから……ごはん、ではないわよね? なんだかちいさなたべものだし。……! もしかしてお父様、お母様、これが『でざーと』というものなのかしら?」
魔素の処理なしで食べられる農作物の育成が可能となったのは、今から五十年ほど前のこと。最近になってデザートという、食後あるいは間食として食べる形式の食物が流行り出した。
興味を惹かれているナナリアを微笑ましそうに見守りつつ、父はナナリアと視線を合わせた。
「食べてみるかい?」
えっ、とナナリアは目を見開く。
「いいの?」
「せっかくだからな。少しナナリアと待っていてもらってもいいか?」
「ええもちろん」
「ありがとう。ちゃんと買ってくるから、おとなしく待っているんだぞ?」
「! ええ‼︎」
満面にナナリアは頷き、父はそっと目を細める。握っていた片手を母に預けると、娘の指していた出店へ向かった。
ほどなくして、包みをひとつ持ち帰ってきた。
「ほら、ナナリア」
「わぁ……! ありがとうございます、お父様!」
「どういたしまして。熱いから気をつけるんだぞ?」
『それ』は、コロコロとした小石ほどの大きさを持つ球状をしていた。ここから聞こえる音からして、おそらく油で揚げた何か。
ほかほかで、火傷をしないようにと冷ましてから口に入れる。
「……‼︎」
「どうだい?」
「おいしいですわ! すこしあまくて、ふわふわで‼︎ なかにきのみ? みたいなのもはいっているわ!」
「それはよかった。これはね、ナナリア。オリボールというお菓子だよ。中に入っている木の実は、実はりんごを乾かしたものなんだよ」
「りんご? でも、これまでたべたことのあるものとはちがうわ」
「りんごは乾かすと食感が変わるんだ。いつもとは違って、すこし硬くてねっとりとした食感になっているだろう?」
「そう、そうよ!」
父からの説明を聞き、感心に目を瞬かせるナナリア。
「すごいわ、お父様。やっぱりものしりなのね」
「そうだろう?」
「あらお父様」
いたずらげに目を細めて笑ったのは、お母様。
「あなた、先ほどお店の方と話しこんでいたようですけれど?」
ナナリア、今度はええッと驚愕する。
「そうなの?」
「おっと、見られていたか」
大ぶりに項垂れつつ、内緒話をするようにして父は続ける。
「実はな、こっそりお店の人に聞いてきたんだ」
「なら、おみせのひとはものしりなのね!」
「ふふっ、たしかにそうね」
優しく微笑んでいるお母様と、ちょっぴりだけバツの悪そうな、けれどもやはり笑っているお父様。
ナナリアはその真ん中で、心の底からにっこり笑顔を浮かべていた。
その後も賑わう町を歩きつつ、途中で昼食を取りつつ。間もなく約束の時間となり、ナナリアたちは馬車に乗りこんだ。
ナナリアも両親同様、美味しいものをたくさん食べておなかはいっぱいになったはずだが、満腹故の眠気に襲われることはなく、あるいは好奇心が眠気に打ち勝っていたのか、その先の旅路は絶えず車窓の外を眺めていた。
通り過ぎていくすがら、リウイーア侯爵領内と似たような景色もあった。
けれど、大国らしく最新の魔法具が使われているところも多々見受けられた。魔法具とは、魔素さえ流せば誰でも該当の魔法を使えるようになる道具のこと。まだまだ発展途上の技術の一つで、だからこそナナリアは、魔法具を見かけるたびに、それがどんなものであるかを考えたり、両親に聞いたりと。
彼女にとって、それはそれは非常に有意義な時間となっていた。知恵熱でか、若干眠そうにしている。
そんなこんな、休憩を二回ほど挟みつつ、一行は目的地に到着したのであった。
ナナリアの両親はここまで馬を操ってくれた御者に礼をする。
倣うようにしてナナリアも「ありがとうございました」とぺこり頭を下げた。
「では、また明後日。よろしく頼む」
「もちろんですぜ、旦那様。ここは世界一って評判のとこなんで、ぜひ楽しんできてください」
「ああ」
お日さまもお疲れのようで、伸びをするかのごとく橙色の光があちらこちらに走っている。
ナナリアも長く影を引きずりながら、手を引いてくれるお父様とお母様についていった。
ふと、斜め後ろから聞こえてくる陽気な声たちに気づく。
ちょいと視線を向けた。
「?」
端的に表すのであれは、それはお城のような塀であった。
見ているだけでワクワクしてしまうような、不思議な壁。
声は向こう側からはじけとんできている。
「お父様、お母様。あれ、なぁに?」
たまらず聞いてしまったナナリア。
父と母はちらり顔を見合わせて、秘め事に目を細めた。
「明日の楽しみだ、ナナリア」
「ええ。だから今日は、ホテルでゆっくり休みましょう?」
「……? わ、わかったわ」
だったら明日を楽しみに待とうと、ナナリアは前に向きなおる。
半日以上を馬車で過ごしたためか、ベッドに入るとすぐに寝てしまった。
翌日。
朝早くに起こされたナナリアは、支度が終わると、これまた早い時間にホテルを出た。
向かうは昨日見かけたお城のような壁で囲まれた場所。
思っていたよりも多くの人が壁の前にいたものだから、うとうとと舟を漕いでいたナナリアも目が覚めてしまった。
「みんなはやおきなのね」
思わずつぶやいてしまった言葉に、父が口を開く。
「皆並んでいるんだ」
「ならんでいる? やっぱりこの先に、なにかあるのね?」
「そう。ナナリアもこれから並んで、開園まで待つんだ」
「……でも、はいるのに時間がかかりそうよ」
「ふふっ。大丈夫、一緒にお話しながら待ちましょう」
「おはなし……あのさきに、なにがあるの?」
「それは入ってからのお楽しみだ」
「えぇ〜……」
プーっと頬を膨らませるナナリア六歳。だったら昨日馬車に乗っている間に見てきたものとか、あとは通ってきた町とかに行きたい。
とはいえ両親が言っている以上、いやだと言ってもだめなのだろうと息を吐く。
ナナリアは普段先生の言っている『たおやかで優美な貴族子女』らしく、お母様とお話しして待つことにした。
ちなみにナナリア、特に目新しいものや面白そうな魔法具が好きなので、そういったものをお父様が持ってきた時なんかにはしゃいでしまうタイプの女の子である。
時々帰り支度をしている先生にそれが見つかり、もっと慎み深い子になりなさいと怒られてしまうことももう何度あったことか。
『慎み深い人』が『礼儀正しくて深く物事について考えられる人』だということは、辞書で調べ、さらにそこに乗っていたよく分からない単語を調べて、どうにか辿りついた結果、ナナリアも理解している。
母や父といろいろ話すこと一時間とちょっと。拡声の魔法具でアナウンスがかかった。
開園の合図である。
しかし辞書効果で物知りになったとはいえ、まだまだ六歳なナナリアさん。
すでにお疲れのようだ。
ゆっくりと進みだした列。
船を漕ぎそうになりながらもナナリアは歩いていく。
十分もしないうちに受付のお兄さんお姉さんが見えはじめ、それから五分くらいで最前列へとやってきた。
「入場チケットをお見せください」
「ああ。三人分、大人二人と子ども一人だ」
「拝見します。……はい、確認しました。それではいってらっしゃいませ!」
入場の門、あのお城のような壁を越え。ナナリアはひとつあくびをしそうになって。
――ふっ、と。
視野が急に明るくなった。
「……――」
別にたいそうな理由ではない。
ただ、陽の光を遮っていた天井が途切れたことで、今までナナリアを覆っていた影がなくなっただけ。
反射的に前を向いてしまった彼女の目に飛びこんできたのは、見たこともない景色だった。
「――あっ」
ふらふらと、引き寄せられるようにして歩いてしまう。
雰囲気までもがきゃらきゃらとしている場所だった。
周囲の楽しげな声すらもこの世界を彩るパーツになってしまう。
こんな、こんなこんな――不思議な光景、初めてだ。
晴れた青空にひつじの雲が一匹、二匹、三匹。真正面には絵本で見かけた宮殿のような建物があって、左を見ればそれより少し小さめの宮殿をお馬さんたちがゆっくりくるくる回っている。
ちょっと奥にいくつかの動いているティーカップがあって、右側にはでっかい輪っかがお空に浮かんでいる。 小さな箱がぐるっと一周、たくさんついていた。
まるでお話の中のすっごい魔法使いが、これまたすっっごい魔法を使ったみたいだ。
御伽話の中で語られるような、そんな世界観で。
……違う。
ナナリアたちがあのお城みたいな門を通って、お話の中に入ってしまったんだ!
「すごい、すごいわ! ねぇお父様お母様っ! これって夢じゃないのよね?」
「夢じゃないわよナナリア」
「あそこのお馬さんも、ゆっくり回る箱――観覧車も、全部現実にあるものだ」
夢じゃない。
これは、現実だ!
「すごい……! ねぇ、お父様、お母様。ここってなんていうところなの?」
この国に来てから一等目を煌めかせるナナリアに、お父様は優しく微笑むと、こちらも興奮を垣間見せる声音で答えてくれた。
「ここは遊園地だよ、ナナリア。
世界一と言われるほどにすごい遊園地なんだ!」
☆☆☆
それからナナリアは、遊園地内のいろんなアトラクションを乗ってまわった。
お馬さん――メリーゴーランドは、乗馬をしたことがないナナリアからすると新鮮すぎる体験だった。
動きに合わせて音や光のエフェクトが周囲を彩るものだから、乗馬をしたことがあるお父様にすら目新しい光景として映ったのかもしれない。だってお父様、エフェクトを見るにつれて顔を綻ばせていたから。
ティーカップがたくさんあるところ、その名もまんまティーカップな乗り物では、カップの中央にある円盤を回し過ぎたことでお母様がヘロヘロになっていた。
いつもは美しいお母様、今日限りはなんかやばそうだった。
お昼はおっきな宮殿の中にあるレストランで食べた。
ナナリアは六歳の女の子らしく、お子様ランチというご飯を頼んでいた。
ハンバーグとカリッと焼き上がったソーセージ二本、それからフライドポテトが三つとオムライスまでついてきちゃっている、なんでもかんでも乗せちゃえプレートであった。お野菜としてきゅうりと小さめレタスが四枚ずつ、あとはプチトマトが一粒、野菜の上でドンと胸を張っていた。
お腹いっぱいになってからもいろんな乗り物に乗った。
ジェットコースターという、速すぎてお母様だけでなくお父様すら顔を真っ青にしちゃうアトラクションに乗った。思わず死んでしまうかもしれないと思うほどのスリルは、けれどひりつくようなワクワク感にも似ていた。
他にも、お馬さんではなくお犬さまがゆっくり回っているメリー『わん!』ランドとか、色々と。メリー『わん!』ランドは合計で五回くらい乗った気がする。
「なにかしら、これ……なんだかクルクルしているわ」
「おや、これが気になりますかな? これはな……あったあった、見ててくださいよ、お嬢様」
ぷー
「わぁ! のびたわ‼︎」
「ピーヒャラというおもちゃでしてね。よければ記念に一つ、いかがかな?」
「……お父様、お母様」
「あらあら」
「全く。じゃあ一つ頂こうかな」
「毎度っ」
と、遊園地来訪記念の品も手に入れつつ。
最後に、回る箱こと観覧車に行った。
沈んでいく夕日とライトアップされていく遊園地が、とても、綺麗だった。
星空を地上に降ろしたような、幻想的で一生忘れられない景色になった。
楽しかった。
すべてが、絵本を読むより、物語を読むよりも、ずっと。
楽しかったのだ。
ナナリアたちの乗っていた箱は、やがて地上に戻っていく。
気をつけて降りてくださいと声をかけてくれる従業員さんに支えてもらい、ナナリアは外に出る。
「お父様、お母様」
終わってほしくない。
ここに、世界一の遊園地にずっといられればいいのに。
……そう願っても、終わりはいつかやってくることを、ナナリアは理解していたから。
「わたくし、決めたわ」
目前から遠くまでに広がる光景。
もしもと胸に抱える想いを現実にできたらどれだけ素敵なことだろうかと、心躍らせて。
六歳の少女は、両親を見上げ精一杯に宣言した。
「わたくしの国、ハルヒリーデ王国に、世界一の遊園地をつくるわ!」
あら、とても素晴らしい夢ね! と言ってくれたのは、お母様。
おお、いいじゃないか、頑張れ。と言ってくれたのは、お父様。
約束するわっ! と満面の笑みを浮かべたのは、ナナリア自身で。
お日さまは暖かいまま、ゆっくりと遠くに見える山々の方へ、三人を見守るようにして沈んでいった。
☆☆☆
そしてナナリアはひとつ、歳をとる。
今日の勉強を終わらせて、自室で一人、世界一の遊園地に何を置こうかなと考えていた、その時だった。
こんこん、と。
――ノックされることなく扉が開く。
「お嬢様ッ!」
駆けこんできたのは、父が仕事の補佐としてよく一緒に難しい話をしている執事兼秘書の、ナナリアにとっては優しいおじいさん。
これまでに見たことがないほどに真っ青な血相で飛び込んできた彼の様子に、ナナリアも『世界一の遊園地』と表紙に書かれたノートから視線を外す。
「どうし――」
「旦那様と奥様が……ッ」
届いたのは、仕事で遠出をしていたナナリアの両親のことで。
彼らの乗っていた馬車が落石事故にあったという知らせ。
一番近い医者も二人の元へ行くのに数刻の時間がかかってしまって。
到着した時には、もう、亡くなっていたという。




