ここに創ると決めたから
毎日18時頃に1話ずつ投稿していきます。
今日と明日は連載開始記念ということで、5話ずつ上げます。
明日投稿分の最後あたりから本作品の本題に入るため、一旦はそこまでお付き合いいただけますと嬉しいです!
心臓のざわめく、青く澄んだ空。
ナナリア=ノイネ・リウイーアはささやくようにして息を呑むと、変わらぬ笑みを眼前の存在に向けた。その笑みはたおやかに咲き誇っている。
贅を尽くされたわけでもなく、かといって無骨な質素さがあるわけでもない。小国らしい、それでも最低限の威厳は保てているここは、ハルヒリーデ王国の王宮にある貴賓室だ。
二メートルはゆうにありそうな開放的な窓枠。それから、上質な皮が張られた長椅子が、窓側と入り口側にそれぞれ一脚ずつ。大理石の机が二つの椅子の間に挟まっている。
ナナリアは入り口側の椅子に座っていた。
対する相手は、窓側のそれに。
相対する彼は、隣国ネリストリア王国から来た第二王子である。
名を、ロイエ・ネリストリア。
ネリストリア王国はナナリアの属するハルヒリーデ王国と友好条約を結んでいる。しかし国力では圧倒的な差がある。
ハルヒリーデ王国内においては最上位レベルとも言える貴賓様たるネリストリアの第二王子殿下は、感情の読めない笑顔を貼りつけていた。
リウイーア侯爵閣下――と、名を呼ばれる。
なぜ、隣国の貴賓様の相手を王族ではなく、ハルヒリーデ王国の貴族位では上から二番目に当たる一侯爵が担っているのか。
理由は単純。
ナナリアが、ハルヒリーデ王国の王太子と婚約を交わしているから。
そんな状況をきちんと理解しているロイエ殿下は、告げる。
「婚約を破棄してほしい。あなたと、あなたの婚約者――ハルヒリーデ王太子殿下との婚約を」
ナナリアの婚約者――アフィーズ=ノニア・ハルヒリーデは、王太子と銘打たれる通り、ハルヒリーデ王国の次期国王である。
(……なるほど、そう来ましたか)
ナナリア=ノイネ・リウイーアは、次期王妃の立場を有している。
……ちょうど今しがた、隣国の王子様からその立場を捨てろと言われたが。
(ふむ)
急な提言に対し、ナナリアの脳内に困惑が渦巻く。
急に婚約破棄とか言われても困る。
「……冗談はよしてくださいまし」
「冗談じゃない」
一縷の望みをかけて否定するも、相手は特に表情を変えることなく否定の否定をしてきた。
より錯乱していくナナリアである。
(けれど)
今は、心を惑わせている場合ではない。
ナナリアの一挙一動でこの国の未来が決まる。それは、誰もが否定できないレベルの事実なのだ。
細かい震えを帯びている右手を、ぎゅっと、痛いくらいに握りしめる。緊張と困惑、それから恐怖。
――大丈夫、左手でうまく隠せているから、相手には見えていない。
「なぜ、前触れもなくそのようなことを?」
ひとつ呼吸を置いて、問いかける。
心臓はバクバクと音を立て続けていた。
「理由? では逆に問おう。リウイーア侯爵閣下、あなたはあなた自身の才覚についてどうお考えで?」
「私自身の才覚?」
「俺もここに来るまでは他から聞いただけの情報に過ぎなかった。が、今こうしてあなたと会話をして俺にも分かった。あなたには才能がある」
そんなこと言われましても……なんて、思わない。
知っている。
自分に才能があることくらい、他の人よりは優れているという程度の認知ではあるけれど、自覚している。
つまるところは引き抜きかと、ナナリアは思考を延ばした。
「リウイーア侯爵閣下には、我が国ネリストリア王国でその才覚を存分に発揮してほしい。確かに長年の培ってきた婚約者としての関係を無に帰す提案になってしまうことは非常に申し訳ないのだが……。無論、あなたが望むのであれば我が国でも重要なポジションを用意すると約束しよう」
「なるほど。私がアフィ――失礼、ハルヒリーデ王太子殿下との婚約を破棄してもなお、私の得る利益が多くなるようになさっているということですか」
きっと。
少し前までの自分なら、悩みこそすれ最終的にはネリストリア第二王子殿下の提案を呑んだのだろう、と。
ナナリアはゆるく口角を上げ、思った。
幼き頃に得た、生きる意味。
生きる目的。
長いことそれを叶えるためだけに息をして、前へ前へと歩いてきた。
あの時から、私は何一つとして変わっていない。
……なんて言ったら嘘になるけれど。
それでも、根幹にある想いは同じなのだ。
故にこそナナリアは、窓の外の澄み渡った青空よりも遥かに透き通った、混じりのない、そんな心情で笑いかけることができている。
「すごく、魅力的な提案ですわ」
「なら――」
「ですが」ロイエの言葉を遮り、そして今日も息を吸う。
「お断りさせていただきますわね」
軽く目を見開くロイエ。
一瞬後には元の貼り付けの笑顔に戻っているのだから、油断は禁物といったところなのだろう。
なぜと訝しげな視線を向けるロイエに、ナナリアは言葉を連ねた。
「だって私、ハルヒリーデ王国に、世界一の遊園地を創りたいんですもの!」
譲れない譲れない理由を胸に、隣国からの誘いを跳ね除ける次期王妃様であった。




