2-5
レジスタンスが運営していた店への訪問があった日の夕食時、ナナリアは国王陛下への報告を行なった。
「ふむ。報告感謝する。して、件の事件についてはアフィに一任しておる。アフィが良いと言えば、協力関係についても結んで構わん」
「僕は大丈夫だと思うよ。ナナのさっきの理由、僕も同意だし。あとナナの従妹さん、だったっけ? ビリリアントさん? 彼女がいるし、レジスタンスの対応もナナに任せちゃっていいかなって」
ナナリアが先ほど述べた理由とは、協力関係を結ばなければ生じるデメリットについてである。
唐突に現れた、もしかするとの可能性で国の根底を揺るがしかねない団体。
レジスタンスと部活後彼ら彼女らを放置するよりかは、まだどんな団体かすら分からない現状であったとしても、あるいはむしろ相手を知るために、繋がりは持っておくべきだと。
「承知しましたわ」
二人からの指令に、あくまで普段通りに返事をしてみせた。
リウイーア侯爵家が事件に関わっている可能性があると発言した以上、ビリリアントとは確実に会うことになるだろう。
レジスタンスの面々の前、動揺をほぼ隠し通していたナナリアだったが、その実内心では相当己の感情を抑えるのに必死だった。
なぜここにあの子がいるのか、というかなんなんだいったいレジスタンスとは、こっちはただ魔法具の調査に来ただけなのですがっ? と。
……今日の訪問で得た遊園地に活かせそうな装飾その他については、あとで冊子に書いておこう。一度自分の気持ちを落ち着けるための時間を作ったほうが良さそうだ。
カトラリーで最後の一切れを口に運ぶ。
机の上に置いてから、ナナリアは再び二人へ視線を向けた。
「報告は以上ですわ。特にご用がなければ、私は失礼させていただきますが」
構わないと告げる陛下。
一礼をし、少女はその場を立ち去った。
自室へ戻るすがら、回想する。
レジスタンスの長との会話中、彼女は一言も声を発さなかった。
何を、考えていたのだろう。
きっとビリリアントからすれば、ナナリアは急に王宮へ消えていった人間で。
結局別れの挨拶すらしていなかったことには、あの日屋敷から王宮へ向かう最中の馬車で気づいた。以来、手紙でのやり取りすらしたことがない。
一人、あの叔父がいる屋敷へ取り残され、彼女は恨んだのだろうか。
リウイーア侯爵領の財政が持ち直しつつあることは、前に国王陛下から聞いて知っている。
そのこともあって、レジスタンスの店ではあの発想に辿りついた。
最近になってようやく持ち直してきたとまで言っていたから、長いこと悪い状態が続いていたことは間違いないだろう。
ビリリアントが――一貴族令嬢が逃げだしてしまうくらいには。
夕食時に陛下へ尋ねたところ、すでにビリリアントはリウイーア侯爵家とは縁を切っていることが分かった。
あの場で彼女のことをリウイーア侯爵令嬢と呼称しなかったことは正しかったようだ。
ノブをひねり、部屋に入る。
かちゃりと閉まる音は、ナナリアが他者の視線から解き放たれる合図。
あの日。
雷の鳴っていた、雨の日。
孤独に心を拗らせていたナナリアにとって、あの子が会いにきてくれたという事実は、ひどく、救いになるはずだった。
恐怖に歪んだビリリアントの顔は、今も時々、夢に出てくる。
誰からも見放され、苦しみと辛さからは逃げられなくって。
もがいて、手足をばたつかせて、息をしようと必死になって。
助からなくって。
たったの一人で沈んでいく、凍傷のごとき悪夢を。
もし、もしも本当にこの魔法具暴発事故が事件で、なおかつ首謀者の可能性をエビリウスが握っていたら。
あの人ともう一度。
会
「………――――――」
いきができない。
てがふるえて、震えて止まらない。
もがくことすら赦されなかった、両親が亡くなってから王宮へ来るまでの日々。
よろめくようにして壁に手をつくと、ナナリアはその場にしゃがみ込んでしまった。
ドッドッドッドッと脈打つ音が耳裏から響き襲ってくる。
次第に息の間隔が詰まっていく。
過呼吸。
はッはッはッはッ、と不規則に規則的な苦しさが心臓を締め付ける。
はき、け。
が。
咄嗟に、口を手で覆おう。
込み上げてきた何かが喉を焼いている。
頭の中が真っ白な耳鳴りで埋め尽くされそうになって。
助けてと手を伸ばして。
遊園地。
そうだ、遊園地のこと、考えれば。
冷や汗に凝固してしまいそうな首をどうにかこじあげ、机の引き出しへ縋る視線を送る。
どうしてだろう。
普段は数歩の距離なのに。
遠くて、とおくて、しかたがない。
目の前が眩んでしまいそうだ。血の気の引いていく体をよりいっそう抱きしめる。
――こわ
「ナナ?」
パシャん、
「今、時間ある?」
と。
ノックの音は全身に絡みついていた重荷をシャボン玉が弾けるようにして霧散させた。
アフィーズだ。
ナナリアの婚約者だ。
ハルヒリーデ王国の王太子殿下だ。
なおも止まらない震えを深呼吸で鎮め、ナナリアは立ち上がる。
口角が上がっていることを確認してから扉を開けた。
笑え。
「どうしたの?」
声は震えていない。
大丈夫。
普段通りに話せている。
ねぇアフィーズ、なのになんで顔を暗く染めてしまうの?
「ナナ、大丈夫?」
ええ大丈夫よ、と。心配してくれてありがとう、と。
微笑んで答えるくらい、簡単なことで。
声を発するうちにいつもの調子を演じられるようになってきたのか、ナナリアの返答を聞きアフィーズは胸をなでおろした。
「大丈夫……うん、大丈夫なら、…………うん」
ナナリアがビリリアントと久しぶりにあったことを気にして、彼はここに来たらしい。
いつもと比べて少しだけ雰囲気が固いように感じたからと、アフィーズは言う。
「でも、何もないならいいんだ。僕の思い違いかな。ごめんね、変なこと言っちゃって」
「いいえ。心配してくれて感謝しますわ」
「うんん。それで、なんだけどさ」
ナナがレジスタンス? さんたちのところで話したっていう推理について、もうちょっと詳しく聞きたくてさ。
「魔法具暴発事故――事件の真犯人はリウイーア侯爵じゃないかって、ナナ、言ってたよね?
で、リウイーア侯爵家が最近になって持ち直しているっていうのも、うん。僕も父上が言ってるの、聞いてたし。正直覚えてなかったけど……」
「結構前のことですもんね。あの後すぐに事故の話へ移りましたし」
「……あ! あの日!」
「ええ、その日です」
ようやく完全に思いだせたと少しばかりの照れ顔を綻ばせるアフィーズ。
ナナリアはまったくと言わんばかりに肩をすくませた。
「でさ。さすがに僕も分かるんだ。認可の降りていない魔法具が暴発して、その魔法具が利益目的で売られていて。で、リウイーア侯爵家の財政が急によくなったってなったら、そりゃ怪しくない? ってなるのは」
けどさ。
「言われてみればっていうのは、そうなんだけど……こう、ナナの中でどうこの二つが結びついたのかなって、気になって」
ジリリと近くの壁にかけられた光の魔法具が音を立てた。
揺らめく影。
瞳の宙を灯が流れる。
ああそうかという認識。あるいは自覚。
昼間レジスタンスの店にて展開した推論は、ナナリアからしてみれば単なる事実の組み合わせに過ぎなかった。
しかし、なるほど。
この発想は、普通、手にできないものらしい。
得た現実から自己評価に修正を施す。
己を正しく理解していることは、時に、頼もしい武器となるから。
少なくとも、適切に知っていることが多いことに越したことはない。
瞬時に思考の機構を整備し、十五の少女は婚約者からの問いに口を開いた。
「ヒントとなったのは、ビリリアントさんの存在よ。あとはお金の流れを原因にあの店へ行ったこともあるかしら。私、記憶力には自信がありますから。可能性を探った結果、リウイーア侯爵領のことに思い至ったのよ」
「まぁ、言われてみればそうだけど……」
今にも唸りだしそうな様子でアフィーズは口を尖らせる。
「僕じゃきっと思いつかないだろうなって思うからさ。やっぱナナはすごいや」
「そう言ってくれ嬉しいですわ」
たおやかに微笑むナナリアへ、アフィーズは強い肯定をさらに返してきた。
「そうなんだよ、ナナはすごいんだ。……すごいんだよ、本当に」
「殿下?」
「ほら、ナナって小さい頃に急に呼ばれて。で、すっごい速さで僕の婚約者になるって決まったでしょ? あの時からナナは、国を良くするためにって言ってた。僕それ聞いて、すごいなって思っちゃって。だから、決めてたんだ。ナナのことは絶対、僕が守んだって。だってきっとすごい人だけど、僕にとってすごい人っていうのは、きっとどこかで苦しんでいる人だって……思った、から。…………父上、みたいに」
浮かべた彼の目尻から、今にも涙が決壊しそうに見えた。
「でも、けど、ナナは、僕のこと……」
ごめんと零れたそれは、きっと、理性が追いついてきた合図なのだろう。
ナナリアが動揺にひとつ瞬きをした次の刹那にはもう、普段通りの軽快な雰囲気しかいなかった。
ああ、そういえば私。
「変なこと言っちゃったね。あーえっと、忘れてくれると嬉しいな。こんなこと言うつもりなかったのに……」
これまでに彼のことを知ろうとしたこと。一度でも、あっただろうか?
「あ! でも、ナナがすごいってのは、本当だからね! えっと、だから僕もがんばんなきゃなーって思ってる。ってこと! ね! じゃあ、おやすみ! また明日‼︎」
そう言い残すと、アフィーズは逃げるようにして去っていった。
しばらくの沈黙の後、ナナリアは無意識下で音を立てないように扉を閉める。
少し歩いた先にある椅子へ腰掛けた。
先ほどまではあれほどまでに遠いと感じていた距離は、実のところあっという間のものでしかなくて。
引き出しから一冊のメモ帳を取りだす。
国のため、なんて。
そんな大層なこと、ナナリアは考えちゃいない。
ノートの表紙に書かれた文字。
『世界一の遊園地』
ずっとこれだけのために生きてきた。
将来家族になるはずの婚約者すらをも無碍にして。
(……アフィーズ=ノニア・ハルヒリーデ)
ああでも、彼曰く、どうやら自分はすごいらしい。
あの頃、屋敷にいた頃から心に抱えた決意は変わらないけれど。
あの頃よりもずっと、『すごく』なっている。知識力と思考力と分析力と、自覚をしているだけでも両手で数えきれないほどの技術を身につけてきた。
世界一の遊園地を創るために。
誰からも文句が言われない立場となり、より大規模な遊園地が創りたいから。
幼きあの日に行った遊園地すら越すような場所を創るには、たかだか傾いている国の侯爵家の娘程度じゃどうしようもないことをナナリアは理解していた。
――だったら。
部屋を照らす灯が一際強く発光する。
過去の恐怖がなくなることはない。
過去の抑圧がなかったことにはならない。
それでも、過去の戒めを打ち破ることはできるはずだ。
大丈夫。
私は十分、強くなった。
心を奮い立たせろ。
メモ帳を引き出しにしまうと、ナナリアはその勢いのまま部屋の外へ向かう。
今の時間であれば国王陛下もまだ起きておられるはず。もはやかつてのリウイーア侯爵家よりも馴染んだ道を踏み、辿りついた先で入室の是非を問う。
「どうした、ナナリアよ」
「お忙しいところ申し訳ありません、陛下。先ほどの夕食時に願い出忘れたことがありましたので、参りました」
陛下の無言の促しを受け、続ける。
「リウイーア侯爵家への立ち入り調査の許可をいただきたいのです」




