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次期王妃様は遊園地がお好き  作者: 叶奏
第二幕 この名こそが少女の力

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2-4



 何をいう暇も与えられず、控えていた少女に促され、ナナリアと護衛は最奥の部屋に踏みいれた。

 オストリーは護身用魔法具の調査までで依頼していたため、すでに別れている。


 部屋の中にいたのは、護衛と思わしき男一人と執務の奥の椅子に座った男性。

 おそらく奥の彼が『マスター』なのだろう。


 『マスター』は立ちあがると、敬礼をする。


「初めまして、ナナリア・リウイーア嬢。お会いでき光栄です」


 私のことはお好きなようにお呼びください。

「諸事情で名を明かせない身なのです。お許しください」


「分かったわ。それから、私はナナリア=ノイネ・リウイーアよ」


 『ノイネ』は次期王妃故に与えられた名称。

 あえてそう名乗ったのは、この場では次期王妃として対応すると己に言い聞かせるためでもあった。


 ビリリアントのことを極力意識外に出しつつ、ナナリアは言葉を続ける。


「いくつかお伺いしたいことがあるの。いいかしら?」

「ええ、もちろんです。ですがひとまずはおかけください。立ち話は疲れますから」

「そうね」


 勧められた長椅子の片方に腰掛ける。

 双方ともに護衛は互いの主人後方で静かに佇んでいた。


 話を続けんと口を開きかけたナナリアに先んじて目の前の男が声を発する。


「先に、私たちについてお話ししてもよろしいでしょうか。リウイーア嬢の気になさっていることに関わるでしょうから」


 言葉尻とは裏腹に、断言の強さを持った物言いだった。


 彼は微笑み絶やさぬままにこちらへ、挑戦的な瞳を向ける。



「私たちはレジスタンスです」



 ナナリアさんは思いました。――何言ってんだコイツ、と。

 正確には、何を言っているのかしらこの御方は、と。


 レジスタンス。


 本で読んだことはある。

 大陸西側に位置する帝国が帝国となる前に起こった革命。あるいは革命を起こした団体のことを指す。

 彼がここで用いている意味に近しい方は後者だろう。


 前国王時代、ハルヒリーデ王国は主に国王陛下・王妃殿下の国庫浪費とそれに伴う増税等で急速に疲弊していった。

 なればこそ国のトップをすげ替えんと動く人々がいてもおかしくはないといったところか。


 だが帝国のレジスタンスは、最後の最後までその活動自体を秘匿し、当時の国の上層部を打ち破ったという。


 もしやの危機感。


(……けれど)


「私たち団体は今の国王陛下がお代わりになられる少し前に発足しました。目的は私たちの国を、ハルヒリーデ王国を守ること。

 ところで、リウイーア嬢はご存知でしょうか?」


 相も変わらずこちらを試すような視線でもって問いかけられる。

 ナナリアは特に口を挟むことなく、先を促した。


「ハルヒリーデ王国は滅ぼされかけていました」

「…………」

「とはいっても直接的に――ではなく、真綿でゆっくりじっくりと首を絞め殺していくようにして」


 聞いて脳裏を過ったのは、他国から取り寄せた本の内容と自国の現実。

 そこから推測される、他国がハルヒリーデ王国に対して行なっていたであろう事象。


「優秀な人材の引き抜きかしら」


 されていたと明言はされていない。

 が、輸入できるレベルの書籍――他国にとって最先端ではない技術ですら国内の最先端を上回っている事例を、ナナリアはいくつも知っていた。

 あくまで想像の範疇かつ現状では国政に口出しできる地位ではないこと、あとは話題に出すタイミングもなかったため、胸の内に秘めるだけとなっていたけれど。


 技術の発展には地道な積み重ねを行うための先導者と、思いもしない発想を釣りあげてくる発明家の二タイプが必要となる。

 いずれも、生きとし生けるもの全てができるわけではない。

 才能も関与するが、努力という面においても。


「よくご存知で。どなたからかお聞きしましたか?」

「いいえ。ただの推測よ」

「なるほど」

 うっすらではあるが、レジスタンスの長の口角が僅かに上がるのをナナリアは観測した。


「根拠をあげるべきかしら」

「構いません。そういうわけで、ハルヒリーデ王国は滅びかけていました。いえ、今もと称すべきなのでしょうね」

「…………」


 ハルヒリーデ王国は農業大国の一面を持つ。


 小国ながらに、また前国王が国庫を浪費した今もなお独立国として成立できている理由は、二代前の国王が生涯をかけて開発した農作物の育成法にある。


 この育成法は当時、世界のいずれも成し遂げられなかった偉業であった。

 それによって得た金額は相当なもので、故に一代前の国王・王妃による浪費が続いても国はどうにか持ち堪えることができたのだ。


 この農作物作成法がハルヒリーデ王国発祥であることから、食糧に関しては輸入しなくて良くなった――自国で補えるようになった、というのも大きい。


 輸入で国民の食糧を買えるほど、ハルヒリーデ王国に金は残っていない。


 そして。


 再びハルヒリーデ王国に改革をもたらすことができるような人材もまた、残っていなかった。


「今でこそ優秀な人材が流出したという話は見かけなくなりましたが、逆をいえばこの国に優秀な人間はもはやいないと同義です。

 かつての暴力的な税も今代の国王陛下になってからは収まりました。あるいは故にこそ、私たちの国は緩やかな滅亡へ向かっているのかもしれない。少なくとも私はレジスタンスの活動を通じ、そういった気配を感じ生きてきたのです」


 前代で大きく傾いた国は、いまだ傾ききっていないだけ。


 国民は徐々に貧しく、商売の流通も段々とか細く、国が生きるための歯車もどんどんと錆びついていく。


「一時期は国を建て直す――一から創り直すべく、かの帝国で行われたものと同じレジスタンスとしての活動を行っていました」

「けれども今は違う――ということよね」


 ナナリアの断言に、正面の男性は「ほぅ」と息を吐いた。

「つまり?」


「すでに現国王陛下への代替わりから二十年弱が経過しているわ。あなた方が今もレジスタンスとして行動されていたのであれば、すでに革命は起きているはず」


 けれど現実はそうなっていない。


「どこかのタイミングで路線を変更したのかしら、と考えまして。

 もちろん急激に国政が悪化した場合はまたレジスタンスとしての活動を再開するつもりなのかもしれない。そのための準備もされている。けれど、今は様子見の状態。あるいは革命を起こし国を混乱させるくらいであれば、今のこの国を裏から支えた方がまだ存続の確率が高まると判断したのではなくって?」


 例えば、商売の売り上げを伸ばすことで流通の滞りを少しでも解消しようとした、とか。


 つらつらと至極当然のようにして述べられた、まだ開示されていないレジスタンスの内情に対する推測。

 事実と大差ないことはレジスタンス長の虚をつかれたような顔から読みとれる。


「なるほど、さすがは次期王妃殿下といったところですね」


 レジスタンスの長は内心で嘆息していた。

 ビリリアント、数年以上明確な別れの言葉もなく会っていなかった従妹との再会で精神的に揺さぶりをかけた。次期王妃らしいこの少女がどれほどのものか、少しでも見極めんという意図を持って。

 もとから、王宮サイドへ、改めてレジスタンスの現在の立ち位置を突きつけるつもりはあった。気を抜いた治世を行った瞬間にその首を頂戴しにいくから――と、圧力をかけレジスタンスだけでは力及ばずであった国の建て直しをどうにか成功させるために。


 ……まだ、確実にと言い切るには危険すぎるが。


 目前の少女はおそらく、この国からいなくなった優秀な人間らと並ぶ程度には実力があると見受けられるから。

 あるいは故にこそ、国王陛下は彼女へ暴発の魔法具についての捜索を依頼したのかもしれない。


 レジスタンスの長は、長としての地位を持ちながらも、自身にそこまでの天賦がないことを悟っていた。

 見えない景色を見る人間たちを天才と称すのであれば、見えない景色を見えていると判断することすら自分には困難であることも。


「さて、これでリウイーア侯爵令嬢の求めていた解答のヒントになりましたか?」

「ええ。あなた方団体について。あとは護身用魔法具暴発事故――いいえ、事件への関与についても」


 ナナリアはただ続ける。


「ビリリアントさん、と呼ぶべきかしら」


 さも当然と言わんばかりに、言葉は紡がれていく。




「彼女がこの場にいることも、事件を解決するピースのひとつなのでしょう?」




 果たして。

 果たして、目前に座っている少女の視界には。

 何が見えているのだろうか。


「と、言いますと?」

「確証は得られていないし、ただの憶測に過ぎないわ。でも、盲点だったわ。

 そうよね、魔法具を売っているのはお店側の話だし物品を卸すのも基本商家だけれど、別に貴族が関わっていても不思議ではないもの」


 貴族。


「……この事件に、貴族が関わっていると?」

「可能性は十分にあってよ。あまり大きな声では言えないけどね。それにあの人、私の叔父は、甘いところへ流れやすい人間だから。

 ビリリアントさんがこちらにいらっしゃるということは、私があの家を出てからも変わっていないということよね?」


 もしかすると酷くなったのかもしれないわね、と彼女は告げる。





「お金に目が眩んだがために、認可の降りていない魔法具を、売り捌いた。

 貴族という、一見信用に足る地位を振りかざして」




 点と点が繋がる感覚。


 自分には見えない景色をまざまざと見せつけられた、鮮やかさ。


 確かに、……確かにビリリアントから叔父の酷さについては聞かされていた。


 ただそれが繋がらなかっただけで。


 事件と線で結ばれていることに気づけなかっただけで。


「なるほど」


 ああ。


 なるほど、なるほど。


 納得に頷き、同時にドロついた感情が胸をざわつかせる。


 嫉妬。


 感じたのは久方ぶりだと、長はわずかな苦笑を洩らした。


「分かりました。では一つ提案があります」


 その動揺を押し隠せているのは、単なる生の積み重ね故にすぎない。


「ナナリア=ノイネ・リウイーア嬢。事件解決のため、よければ私たちと手を組みませんか?」

「と、言うと?」

「こちらも商売に支障が出て困っているのです。護身用の魔法具はこの店でも売れ筋の商品でしたから。可能であれば早々に事件を解決し、また売れる状態へ戻したいところですので」


 そう、と言葉を転がすナナリア。

 少しの思惑の後、少女は首を縦に振った。


「私個人としては、賛成よ。けれど、陛下のご意向も伺ってから返事をさせてちょうだい」

「承知しました」


 では、とナナリアは立ち上がる。

「今日は急な伝達にも関わらず協力してくれて、ありがとう。またお会いしましょう」


「ええ。良い返事をお待ちしております」


 長も椅子から立つと、ナナリアに向け敬礼した。

 ナナリアから会釈で返され、部屋を後にする。


 彼女らの階段を下る足音が聞こえなくなってから、レジスタンスの長は一息吐いた。

「お疲れ様です、ビリリアント」


 声をかけると、背後側に存在していた緊張の空気が和らぐのを感じた。


「マスターこそお疲れ様です。でもホント、びっくりしたんですからね?

 今日の朝、急に王宮から偉い人が来るって、しかもリウイーアのって。いやリウイーアってアタシじゃん、って思いましたし」

「すみません。しかしビリリアントの言っていた通り、あの御方は大変賢いですね。

 想定すらしていなかったであろうことの連続であったはずですが、そのような状況下においても、彼女の洞察力は私より遥かに上でしたから」

「まぁ」


 部屋の奥にある椅子へ腰かけた長と、先ほどまで姉の座っていた長椅子のすみへ座ったビリリアント。


「ナナリアお姉さま、昔から賢かったですもん。アタシの分からないことも知ってましたし、たとえ知らなかったとしても一緒に考えてくれた。『たぶんこうなんじゃないかしら!』って言ってた答えが、本で探してみたらホントにあってたりもして」


 懐かしそうに語るビリリアントの瞳は、しかしどこか怒りを含んだものであった。


「けどお姉さまは、アタシを置いて出ていってしまった」


 お姉さまは、元気そうだった。


 そりゃ当然だ。

 だって王宮で暮らしているのだから。


 ナナリアは、王宮の人が助けてくれたのだ。


 だから。

 ……だから。


「それで、マスター。先ほどお姉さまにああおっしゃられてましたけど、どうなさるんです?」


 ビリリアントは己が長に問を投げかける。

 対し長はすぐに返答をしてくれた。


「もちろん動きますよ。万に一つ次期王妃殿下、王宮の方々と協力関係を結べなくとも、相次いだ不審な事件の解明は急ぐべきですから」


 ビリリアント。


「貴女の力が必要です。手伝っていただけますか?」

「当たり前じゃないですか。リウイーア侯爵領と屋敷については、このレジスタンスで一番詳しいの、アタシですからね!」


 余計なことは考えるなと、気持ちを切り替えていけと。

 意気込みで息をして、ビリリアントは自信に満ちた声でそう答えた。




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