5.探し物
ウーモは、日の出とほぼ同時に目覚めた。というよりも、日の出に起こされたと言ったほうがより正確だろう。昨晩、カーテンを閉めるのを忘れていたのだ。
さすがにこの時間に昇降機の騒音を鳴らすのは申し訳ないので、何かしらで時間を潰そうと考えていたウーモだが、昇降機のドアに「我が家はみんな日の出とともに起きるから、いつでも降りてきて。朝ごはんをいっしょに食べましょう」という書き残しを見つける。何から何まで優しい彼らに心苦しくなりながらも、ウーモはその言葉に甘えることにする。ラタンに貸してもらった寝巻きから着替えるウーモ。午前中にここを出発すれば、次に誰かと食事をとるのはいつになるだろうか。そんなことを考えながら、昇降機に入り、レバーを引いた。
ウーモが起きてきたのを見つけると、カルダとラタンは朝食を準備している間に彼女にシャワーを浴びさせ、温かいスープを用意してくれた。野菜がたっぷりといれられた黄金色のスープに黒い粉状の調味料が浮かべられている。ウーモが見たことのないスープだったので、この辺りの郷土料理だろうと思う。
「どうして、見ず知らずの私なんかに、こんなによくしてくれるんですか……?」
これまでの人生の中にも、もちろん優しい人たちは多くいた。だが、それでもここまでの歓迎を受けたことはない。申し訳ないとは思いつつも、ウーモは少し不安になってしまう。
「どうしてって言われても……」
カルダが言葉に詰まる。彼女自身、その理由がはっきりとはわかっていなかった。知り合いの娘だから。少女が一人で苦しんでいるように見えたから。それらも間違いなく理由だが「これ」と言い切るにはまだ足りていないような気がした。
そこにラタンが言葉を挟む。
「あなたのことが好きだなって思ったからよ!一人で頑張っててすごいじゃない!頑張ってるいい人には優しくしなくっちゃ」
自分の娘の言葉にフフっと微笑み、カルダも同意する。
「そうね。でも、だからってあなたが私たちに気を遣う必要はないわ。私たちがやりたくてやってることなの」
彼らのその優しさが、ウーモの胸に刺さる。感謝や嬉しさももちろんだが、見返りを求めない愛のあるこの家への嫉妬のような感情もそこにはあった。それを誤魔化すように、スープを一口啜る。だが、この辺りでは一般的だという山菜のスープだったのだが、ウーモには少し辛みが強く、大きく咳き込んでしまった。そして、後ほどそれを強く後悔する。食事の片付けをしている際「せめてこれだけでも受け取ってください」というウーモからの一宿一飯のお礼のお金は、それを大義名分に断られてしまったのだ。
「あなたにあんな思いをさせた料理を出した私たちにはもったいないわ!昨日もサオベをあんまり食べてなかったし……」
「私たちの愛情をお金で精算しようって言うの?」
昨日よりも確実にウーモをやり込めるのが上手くなっている二人を、このために味付けを少し辛くしたのではないかと疑う。しかし、このまま押され続けるわけにはいかない。二人はすでに今夜ウーモと食べる夕食の献立について話し始めていた。このままではもう一泊もう一泊とここに居座ってしまうことになりそうだと感じる。旅立つ理由を作るため、仕方なくウーモはとっておきの切り札を出すことにした。
「母に会いに行こうと思います」
正直、本当に母に会いに行くかどうかをその時点でウーモは決めていなかった。これは空飛ぶ海に戻らなければ困る人たちがいるという思いから出た言葉である。それに、いつ行くかは明言していないのだから、すぐじゃなくても嘘にはならないだろうと心の中で予防線を張る。
そんなウーモの心の内を知る由も無い彼らに対し、その作戦は見事に成功した。昨晩自分たちが勧めたことである手前、さすがの二人もこれを止めることはできなかった。
「なら、しょうがないわね……。きっと、あなたにとって何か大事なものが見つかるはずよ」
そう言って仕方なく折れるも、彼らはウーモに両手一杯のお弁当を持たせる。
「また、すぐに遊びに来るのよ」
その言葉に「はい」と答えたかったウーモだが、なぜだか、このまま彼らと何度も会っていると、いつか空を飛ぶことを辞めさせられてしまうような気がした。そんな思いから玄関の前でウーモはモジモジと言葉に詰まっていた。
すると、路地の曲がり角からぬっと現れた一人の男がウーモに大声で話しかけてきた。
「そこの君!君だね?あの空飛ぶ汽車の運転手は」
ウーモがその声の方を振り返ると、そこには折り目一つなくピシッと郵便局員の制服を着た、三十代ほどの男が立っていた。男はウーモの顔を見定めると、ツカツカと早足で近づいてくる。
「私はこの国の郵便局で働くエリオスだ。君が郵便配達の真似事をしているという情報が入った。それは本当かね?」
「真似事……?そんなこと……」
「では、だれからも荷物を預かったりなどしていないということかな?」
「あ、いや、それは」
いいえと適当に嘘をつくこともできたはずだが、ウーモはうっかりと口篭ってしまう。何か自分がよくないことをしてしまったのだろうかと不安になる。すると、エリオスはその沈黙と態度から、彼女を疑うに足りる人物だと判断したようだった。
「すまないが、局まで同行願おう」
男がウーモの腕を掴む。だが、ウーモがそれを解こうとするよりも早く、ラタンがその手を叩き落とした。
「何をする!」
男が叫ぶ。
「『何をする!』じゃないわよ!警察でもあるまいし、あなたのどこにそんな権利があるっていうのよ!」
ラタンが負けじと言い返す。
「知ってるでしょう?ラタンさん、私はこの国の郵便局で働いていて 」
「親戚の子が荷物を持ってきてくれただけじゃないの」
「親戚?誤魔化されないぞ。あなた方が空飛ぶ汽車の運転手と親戚だなんて、そんな話は聞いたことがない!」
「ウチでご飯食べて、泊まったら親戚みたいなもんでしょうが!」
このラタンの叫びに似た大声をきっかけに、二人の言い合いがヒートアップしていく。するとその横で、カルダが家の中から、今のうちに行きなさいとウーモに目配せを送ってきた。
それを見たウーモはカルダに口の動きだけで感謝を伝え、郵便局員の死角からこっそりとその場を離れる。だが、一番近くの角を曲がろうとしたところで、死角から現れた男性とぶつかってしまう。
「いたっ!」
ウーモのその叫び声に気がつき、郵便局員がその男性に向かって叫ぶ。
「そこの君!その女性を捕まえてくれ!」
だが彼の願い虚しく、その青白い顔の男性はウーモにぶつかられた腹をさすりながら睨み返すのみである。知らない人から急にあんな命令をされては無理も無いとウーモは思う。
「ごめんなさい!」
そう言って走り出したウーモが小さな通りを超えた先でも郵便局員とラタンが言い合う声は聞こえる。それに野次馬たちが「なんだなんだ」と反応し、彼女の来た道を逆に進んでいった。ラタンはこれを狙って、過剰に大声を出してくれているのかもしれないとウーモは思った。
二人の声が聞こえなくなってからも、大急ぎで、空飛ぶ海へと走るウーモ。おそらくぐちゃぐちゃになってしまったお弁当の中身を残念に思う。
息を切らしながら駅に着いて、地上の駅員に離陸を伝えると、すぐに了承が出た。今日の駅員は昨日の駅員と違って、愛想の良い若者だった。基本的に、若い駅員の方が空飛ぶ海への目は優しい。いつもであれば、めんどくさそうな顔をしてダラダラと離陸手続きをされるので心配していたのだが、今日は幸運である。
両手がお弁当で塞がっているウーモは、いつもロロがするように空飛ぶ海のドアを足で開け、離陸のために荷物を一旦全て床に置く。そして、いつものように飛行の願掛けとして、父の写真を見つめる。カルダが見せてくれた写真の笑顔とは違うが、そこにも特別な愛情があるように感じられ、ウーモは安心する。それと同時に、その写真の横に小さく光るものを見つけた。
「あ、あった」
ウーモはあれだけ探しても見つからなかった鍵が、買った初日にしか使われたことのなかった鍵置きに置いてあるのを見つけた。




