4.第一章 圭太 エピソード3
「へぇ、職人のこだわりねぇ……」
最初は真剣な表情を浮かべながら僕の話に耳を傾けていた大樹だったが、僕の話の内容が思っていたのと違ったからか、それともあまりに真面目な話に口を挟む余地がないと思ったからか、大樹は素っ気なく反応した。
「そんな義郎さんを見ていたら、なんだか僕も同じようにしないといけないと思ってしまって……」
僕が放った言葉の背後には、毎回隅々まで拭くのは骨が折れることを含んでいて、今落ち着いて考えてみると、そこまでしないといけないのかという思いも隠れていた。
大樹は、空になったグラスにドリンクを注ぎに、ドリンクバーに向かった。まわりのレーンでは、相変わらず家族連れやカップルたちが、ボールを投げては、ピンが倒れる様子に一喜一憂している。今の僕の疲れた身体に、ボウリングを楽しむ余裕はなかった。
「そこまでしなくてもいいんじゃないの?」
いつの間に戻って来たのか、クラスに注いだ鮮やかな緑色のメロンソーダをストローで吸いながら、大樹がぽつりと言った。
「そっ、そうかなぁ……」
「確か、圭太はアルバイトをするのは初めてだったよな。俺が言うのもなんだけどさ、アルバイトはそこまでしなくても、言われたことをやっていればいいんだよ」
「……」
「そりゃ、もちろん、圭太が働いているのは遊園地だから、客に愛想よく接したり、安全に注意を払ったりしなきゃいけないと思うよ。だけど、毎回、客が降りる度に隅々まで磨いていたら、身体がいくつあっても持たないじゃん」
「それはそうだけど……」
「圭太は真面目なんだよ。ある意味では完璧主義。ほら、中学校の文化祭のときだって、そうだったじゃないか。俺たち男連中は嫌々始めたのに、圭太は毎日遅くまで教室に残って、劇の練習をしたりしてさ」
「それとこれとは、話は別だよ」
あまり思い出したくはない中学校のときの話が出たので、僕はとっさにかぶりを振る。だけど、大樹が言った「圭太は真面目なんだよ」という言葉が、妙に僕の頭の中に残って離れなかった。
あれは、中学三年生の秋のことだっただろうか。文化祭で、クラスで出し物をすることになったのだが、女子の学級委員長が言い出して、劇をすることになった。中学校生活の集大成として、勉強や部活、友情や恋と言ったありふれた学校生活の日常を、小説風に描いた作品を。
僕に割り当てられたのは、ナレーター役だった。ナレーターと言えば、劇を進行する上で最も重要な役割だが、どうして僕にそれがまわってきたのかというと、声が小さかったのと演技力が微塵もなかったから。声の小ささは、舞台脇に立てたスタンドマイクでカバーできると言うのが、脚本兼監督の女子の学級委員長の思惑だった。
たかが文化祭での出し物である。そこまで力を入れなくてもと、当初クラスメイトたちのほとんどが思っていたが、いざ練習が始まってみると、そっぽを向いていた男子たちも次第に練習の輪の中に加わるようになった。休み時間はほとんど練習で潰れたし、放課後も場面ごとに関係する生徒が集まって練習するという熱の入りようで、日を追うごとにクラスの連帯が高まっていくのを誰もが感じていた。
そんな中で、僕一人だけが取り残されてしまった。とにかく話し方がたどたどしくて、おまけに声も小さいのだ。隣で聞いている人に、僕が話していることが伝わらないくらいだから、それが広い体育館ともなると、劇の進行自体がうまく行かないことは目に見えていた。
だから、僕だけ特別に猛特訓が始まったのだ。それには、言い出しっぺの学級委員長がついた。学級委員長から何度もダメ出しを食らいながら、僕は必死に声を出した。自分でもわからないほど恥ずかしくて悔しくて、みんなが帰った後の教室に一人残って、台本を読み続けた。
そうして迎えた文化祭当日。僕たちのクラスは、トリを飾ることになった。立っていることもままならないほど、緊張で足がガクガクになりながら、僕は必死に練習してきたことをマイクにぶつけた。途中、何度か噛んでしまってうまく言えなかったところはあったけど、劇はこれまでにないほど、スムーズに進んだ。
そして、気がつけば、溢れんばかりの拍手とともに、幕が下りていた。「やったぁ」「大成功だな」などと、クラスメイトたちが舞台裏で喜ぶ横で、僕はただ一人、放心状態で立ち尽くしていたのだった。
「いやぁ、悪い悪い。そういうつもりで言ったんじゃないよ。圭太は、いい意味で頑張り屋だって言いたかっただけさ。でも、力を入れてやることと、そうでないことがあるじゃないか。えっと、義郎さんって言ったっけ、その人のことを真似て圭太が頑張り過ぎちゃって、疲れて身体を壊すくらいだったら、せっかくバイトを見つけた意味がないってこと」
「う~ん、そうなんだけどね……」
さっきから、僕の目には、隣で楽しそうにボールを投げている、家族連れの姿しか入ってきていなかった。
「そんなに難しく考えないで、もっと気楽にやればいいんだよ。給料だけもらってな。さぁ、ゲーム再開といこうか」
大樹はそう言って、ポンと僕の肩を叩くと、レーンに向かった。
「気楽にかぁ……そう言われてもなぁ……」
小学一年生くらいの男の子が、初めてストライクを取って、満面の笑みを浮かべながら、両親に迎え入れられるところだった。




