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遊園地の忘れもの  作者: 松山 さくら


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3.第一章 圭太 エピソード2

 僕の心の中にあるもやもやとは、今日あったアルバイト先での出来事。出来事と言うほどのものではないかも知れないが、今日、実際に遊園地の遊具の操作を見学させてもらったときに抱いた、違和感のようなものだった。

 僕が担当することになったのは、メリーゴーランド。テーマパークにあるような大きなものではなく、一度に十人ほどが乗るといっぱいになってしまうほどの、こじんまりした乗り物だった。

 今日一日、僕について教えてくれることになったのは、義郎さんというシニアの男性。訊けば、もともとエンジニアとして建設会社で働いていたという。四十年近く勤めた会社を定年退職してからは、この遊園地でハートタイムで働いているとのこと。遊具の操作を担当するだけでなく、必要に応じて、故障した遊具の修理なんかも引き受けているらしいから、義郎さんのような人材は、こんな小さな遊園地にとっては、縁の下の力持ちのような存在なのだろう。

 僕におじいちゃんと呼べる人がいたとしたら、きっと義郎さんくらいの年齢になっているだろうか。九州に住んでいる父方の祖父は、僕が小学生のときに交通事故で亡くなってしまったし、母方の祖父は、母が生まれる前に病気か何かで亡くなったと聞かされていた。

 小学生のとき、クラスメイトが夏休みの宿題の日記に、「おじいちゃんに魚つりを教えてもらったよ」とか、「おじいちゃんといっしょに、キャッチボールをしました」なんて書いてあるのを見ると、羨ましく思ったものだった。

 メリーゴーランドの操作自体は、ごく簡単なものだった。今のように、コンピューターで自動制御されている最新機種とは違って、ストップウォッチを見ながらオンとオフを行うだけの簡単な造り。あと、大切な機能としては、何か不測の事態が起きたときに機械を停止させる、赤の緊急停止ボタンくらいだろうか。もちろん、それを押すようなことがあってはならないが、いざというときのために知っていて当然のことだろう。

 係員としての仕事は、機械の操作に加えて、乗車口で切符を回収したり、マイクでアナウンスをしたり、あとは子供たちがちゃんとした姿勢で馬にまたがっているかを確認してまわることぐらいだろうか。

それくらいなら、遊園地で働くのが初めての、いや、アルバイト自体が初めての僕にも、なんとかできそうだった。

「義郎さん、次、僕が一人でやってみます」

 慣れてきた頃を見計らって、僕は義郎さんにそう願い出た。今日は研修を兼ねていたとしても、こんな小さな遊具に二人のスタッフは必要なかった。恐らく、次の日からは僕一人で任されるに違いない。だから、早く一人で仕事をこなせるようになりたかった。

 それにはもちろん、義郎さんは快諾してくれた。見た感じもそうだが、何しろ遊具全体が古いのだ。いつどの遊具が故障してもおかしくはない。だから、修理のできる義郎さんは、いつまでも僕なんかにつきっきりになっている訳にはいかないのだ。

 ただ、ちょっと気になることがあった。遊具が停止して、乗っていたお客さんが降りてから、次の客を案内するまでの間、義郎さんは律儀にも遊具の隅々を清掃し始めるのだ。客が触れたところをアルコールで消毒するのは言うに及ばず、装飾や床に少しでも汚れがあると、客が見ていようといまいと関係なく雑巾を持ち出してきて気が済むまで磨き上げる。

 その様子を見ていて、最初は感染症対策でそうやっているのかと思った。新型コロナウイルス感染症が五類に移行されてから久しいが、それが猛威を奮って世界中を混乱に陥れていた頃は、家や学校、お店や駅など、どこでも当たり前のように消毒をする光景が見られたものだった。

 もちろん、感染症に罹るリスクが下がったと言っても、念を入れるに越したことはない。新型コロナウイルス感染症が猛威を振るう様子を目の当たりにした義郎さんが、今でも感染症対策に力を入れているのはなんとなく理解できる。だけど、それは、人が触れそうな箇所を消毒するだけで、装飾や床を磨くこととは関係がないだろう。

 客足が途絶える時間があったので、そのことをそれとなく聞いてみることにした。

「僕がこだわってやっているだけですよ」

 返って来たのは、それだけだった。

「こだわりですか……」

 前にテレビのドキュメンタリー番組で見た、職人魂のようなものだろうかと思った。自分が納得できる作品ができるまで、何日もただ同じ作業を繰り返す。決して妥協をしないからこそ、仕上がった作品には、作り手の魂が籠り、見る人の心を揺り動かす。確か、そんな内容の番組だったと思う。

 遊園地を訪れる人たちに、安全で快適に過ごして欲しい。そのためには、時間や労苦は厭わない。無心に装飾を磨き上げる義郎さんの背中には、そう書いてあるような気がして、いつしかそうしないといけないように感じた僕は、義郎さんを真似て、いたるところを磨くようになったのだった。


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