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遊園地の忘れもの  作者: 松山 さくら


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2.第一章 圭太 エピソード1

「圭太、久しぶり。これから、どこかに遊びに行かないか?」

 土曜日の夜、電話をかけてきたのは、中学時代からの友人の大樹だった。

「えっ、あぁ……いいけど……」

 言葉を濁しながら返事をしたのは、その日初めてアルバイトに行って、ぐったり疲れていたのと、次の日も朝からアルバイトが入っていたから。こないだ面接に行って、すぐにでも来て欲しいと言われたけれど、入って欲しいと言われたのが週末だった。考えてみれば当たり前のことだったが、休みの日が丸々潰れてしまうのは、少々痛い。

 大樹は、電話を切ってすぐに来た。まるで、僕の家の近くで待機していたかのように。

「へぇ、大樹、車を買ったんだ」

 家の前に停まったのは、初心者マークが貼られた青のスポーツタイプの普通車。大学に入ってすぐに、免許を取りに教習所に通っていることは聞いていたけれど、免許を取ってすぐに車に乗っているのが羨ましい。

「まぁ、遠慮するなって。中古車だよ。さぁ、乗って」

 車の中は、芳香剤の匂いが充満していた。カーオーディオのランプが、暗闇に光っている。詳しいことはわからないけど、かなり手の込んだもののようだった。中古車だと聞いたから、元の持ち主の趣味だったのだろうか。

 僕が乗り込むと、車は夜の住宅街を抜けて、幹線道路に出た。大樹は、免許を取ったばかりにしては、ハンドルを巧みにさばいている。中学時代からサッカーを続けている運動神経のよさは、こんな場面でも出てくるものなのだろうか。

「圭太、最近、どうだ? 大学の方はうまく行っているか」

 視線を前方に遣りながら、大樹が話しかけてくる。あまり話しかけない方がいいかと思って、あえて黙っていたのだが、大樹の方から話しかけてきたので、答えない訳にはいかなかった。

「えっ、あぁ、まぁね……。なんとか、毎日通っているよ」

「俺さ、大学でもサッカーをやっているんだよ。本当は、アウトドア部とか、楽しいことをやりたかったんだけど、俺が高校のときまでサッカーをやっていたことを先輩が聞きつけてさ、それで半ば無理やりやっているって訳。それに、俺が通っている工学部って、授業がパンパンでさ。バイトもやりたいんだけど、なかなかやれる時間がなくて……圭太は大学で何かやっているのか?」

 できればあまり訊かれたくない質問だった。講義は大樹のように全部埋まっている訳ではないので、時間はたっぷりあった。何かを始めたい衝動に駆られて、勧誘されたサークルを見に行った。だけど、雰囲気というか軽いノリの人間関係がどれも自分に合わなくて、すぐに行かなくなった。とは言うものの、何もやっていないと、正直に答えるのはなんとなく気が引けて、僕はとっさにアルバイトを始めたことを打ち明けた。

「へぇ、『夢と魔法の冒険ランド』かぁ。よく子供の頃は親に連れて行ってもらったけど、あそこにある乗り物って、子供だましのようなものばかりだから、もう長い間行っていないなぁ。令和のこの時代に、やっていることの方が驚きだよ」

「あぁ、平日は客が来ないから、今は土日だけ営業しているみたいなんだ。だから、僕がアルバイトに入るのは、土日だけってこと」

「へぇ、遊園地なんて、今どき里香とも行かないな。千葉の『アメリカンパーク』には、里香が行きたいって言って聞かなかったから、こないだ行ってきたけど……」

 そう言いながら、大樹は大学に入ってすぐに付き合い始めた彼女の名前をさり気なく出してくる。僕なんて、彼女いない歴イコール年齢というのに……。

 でも、大樹が言った「令和のこの時代に、やっていることの方が驚き」という言葉の意味は、僕にもわかるような気がする。

 今朝、八時に来るように言われていたので行ってみたら、動物園でもないのにパンダだかライオンだか知らないけれど、エントランスのさび付いた動物たちの看板が、スーツ姿の僕を無言で出迎えてくれた。開園前とは言え、あたりに人影はまったくなかった。本当に、営業しているのかと、心配になったほどだった。

 従業員用の通路から恐る恐る中に入ってみる。ファミリーレストランの『ミ』の文字が外れた建物が正面にあって、店を閉めてからだいぶ時間が経っているのか、ところどころ茶色に変色したシャッターが再び開く気配はなかった。まるで、廃墟の遊園地に忍び込んだ動画配信者になったような気分。

 とりあえず事務所に向かう。プレハブを重ねたような簡素な造りの建物に入ると、どこかの会社を退職して再雇用されたと思しき人たちが、昨日は何歩歩いたとか、どこそこの病院は待ち時間が長くて困るとか、思い思いに雑談していた。そのうちの一人と目が合って、僕は気まずくなって軽く会釈してみたものの、「はて、何の用かな?」と、訝しげに見られる始末。僕の父くらいの世代の統括責任者がやってきて、全員の前で自己紹介をするように言われて、ようやくアルバイトで来たことをわかってもらえた。

 とまぁ、そんな人たちが半ば暇つぶしに、寂れた遊具をだましだまし動かしているものだから、子供たちに夢や希望を売るもへったくれもなかった。

 大樹が運転する車は、幹線道路沿いのアミューズメント施設の駐車場の入口に差しかかった。そこは、ボウリング場やカラオケボックスなどが入った施設で、夜の時間帯にもかかわらず、駐車場は混雑しているようだった。

「せっかくだからボウリングでもやって行こうぜ」

 不意に大樹が提案した。

「えっ、あぁ……」

 と、僕は戸惑い気味に返事する。

 わざわざ買ったばかりの車に乗せてくれたのだから、丘の上に上って夜景を眺めてみるとか、浜辺から潮風に吹かれてみるとか、いくらでも行けそうな場所はありそうなのに、結局たどり着いたところといえば、若者たちが遊びに行く定番の場所だった。まぁ、乗せてもらっているのだから、文句は言えないかと思いつつ、大樹に続いて店の中に入ってみると、僕らと同じような年齢の人たちでごった返していて、一瞬尻込みをしそうになる。

 五十レーンはありそうなボウリング場は、ほぼすべてのレーンが埋まっていて、人々が次々にボールを投げる様子は圧巻だった。

 ピンが爽快に弾ける音が響いて、大樹はガッツボーズをしてみせる。

「やったぜ、ストライク。次は、圭太の番だぜ」

 人の多さをもろともせずに、大樹はボウリングを楽しんでいるようだった。

「あぁ」

 続いて僕がリリースしたボールは、力なくそのままガターに吸い込まれていく。

「なんだよ、圭太。さっきからガターばかりじゃないか」

 ドリンクバーのメロンソーダを飲みながら大樹が漏らすのを、僕は黙って聞いていた。

 それからも、大樹は調子よくストライクを重ねていく。そして、二ゲームが終わったタイミングで、大樹が僕の隣に腰かけると、徐に口を開いた。

「どうしたんだよ、圭太。さっきから元気がないじないか」

「あぁ……ちょっとね……」

 伏し目がちに答える僕の様子を見て、大樹は、

「ちょっとって、バイト先のことだろ? どうしたんだ、俺に話してみろよ」

 と、すでに聞く態勢に入っている。

 この大樹、始めて出会ったときからそうだったが、妙に勘がするどく、それでいてお節介なところがあって、僕に好きな人ができたときも、すぐにそのことに気づいて、初デートはどこそこに行くべきとか、普段の会話はこうした方がいいとか、アドバイスをしてきた。大樹の友人を思う気持ちが、そうさせていたのかも知れなかったが、大樹とは違って、及び腰の僕にとっては、相手をデートに誘うだけでも大変なことだった。僕が彼女にどう声をかけようかと悩んでいるうちに、彼女の横にはいつしか並んで歩く男の子が現れたのだったが。

 まっ、その好きな人とは、単に僕に話しかける勇気が湧かずに片想いで終わったのだが、今思えば、僕がほんの少し勇気を出して大樹が僕に話してくれた通りにしていれば、状況は変わっていたかも知れない。大樹なりに、これまで色々な人と付き合ってきた経験から、僕にアドバイスをしてくれていたのだろうし、大樹の言っていることがあながち間違っているようにも思えない。

 だから、僕は、心の中のもやもやを、大樹に打ち明けることにした。


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