13.第三章 再会 エピソード5
「一体、どういう風の吹きまわしなのよ」
「そうだぞ、圭太。この齢になってまで遊園地だなんて、ちょっと冗談がきつすぎるんじゃないか」
両親が口々にそう言うのも無理はなかった。クリスマスイブに僕がアルバイトをする遊園地で、若い頃の気分に戻ってデートをするように両親を誘ったのは、僕だったのだから。
今どき、遊園地が流行っているのかと訝しげに話す両親に、僕がアルバイトをしている遊園地を、一度見て欲しかったのもあった。それに、最近、父の仕事が忙しくなってきて、両親だけで過ごす機会が減ってきているようだったので、二人の距離を縮める意味でも。
クリスマスイブの遊園地は、日曜日と重なったこともあって、なかなかの賑わいを見せていた。小さい子供を連れた家族連れが目立ったが、中には若いカップルの姿もある。聞いた話では、最近、『昭和レトロな遊園地』と題して、立て続けに動画投稿サイトにアップされて、最新の遊び場に飽きたカップルたちが、流れ込んできているのだとか。さすがに三十分とまではいかないけれど、それぞれの遊具の前には短い列ができていて、スタッフたちは押し寄せる客たちの対応に追われているようだった。
最初は、子供が乗る乗り物だからと、遠慮していた両親だったが、いくつか遊具に乗っているうちに楽しくなってきたのか、それとも子供の頃を思い出したのか、いつしか顔がほころばせている。母なんて、ジェットコースターに乗って、若い子のように「キャーキャー」叫んでいたものだから、僕は意外な一面を知って驚いてしまった。そんな母の手を取りながら、さりげなくエスコートしている父の姿を離れた場所から見たときは、思わず微笑んでしまった。両親は大学の同期生同士だったと聞いていたけれど、若い頃はあんな風に互いに手を取り合いながら、二人の時間を過ごしていたのだろうか。
実は僕、この日は無理を言って休みをもらった。本当は一年で最も人で賑わう書き入れどきなので、アルバイトに入って欲しいと言われたが、大切な人のためにどうしても叶えたいことがあると言って、休ませてもらった。
両親が手に持っているのは、クリスマスプレゼントと称して、僕が事前に買っていた回数券。遊具に乗るごとにそれをちぎって支払わなければならないので、二人分の入場券と合わせると結構な額になったが、それでも両親の仲が深まることと、大切な人の願いを叶えるためだから、アルバイトで得た小遣いから奮発した。
お昼ご飯は、クリスマス期間だけ営業しているレストランで、三人でテーブルを囲んだ。店の前のショーウインドウに展示されたメニューの見本は、開園当初から変わっていないらしい。ハンバーグステーキやお子様ランチ、プリンアラモードやクリームソーダーなどのメニューは、いわばこの遊園地が一番輝いていたときの、復刻メニューと言ったところだろう。
午後からも、両親には園内を楽しんでもらった。遊び疲れたら、季節外れのパラソルが立ち並ぶ外のテーブルでお茶でもしながら。日中とは言え、外はこの時期らしく寒かったが、震えながらも互いに寄り添うことで、忘れかけていた眩い日の思いに浸って欲しかった。
いつしか、日が西に傾き出していた。考えてみれば、一年で最も日が短い時期なのだ。古びた遊具が濃いオレンジ色に染まり、僕の心の中に郷愁を誘う。昔、ここで祖母と見たかも知れない光景。楽しかった思い出とともに、明日が来ることを信じて疑わなかった日々。
「ねぇ、母さん、最後にチケットが一枚残っているんだ。もったいないからさ、母さん、一人で乗ってきたら」
「えっ? 私、一人で?」
「まぁまぁ、そう言わずにさ。このチケットを渡せば、乗せてもらえるから」
渋る母に、僕はポケットの中から、一枚のチケットを渡す。とっくの昔に期限が切れた、この遊園地に入場するためのチケットだったが、義郎さんならわかってくれるだろうか。
母は、僕と父を残して、メリーゴーランドの乗り場へと向かう。幸いにも、他に客の姿はなかった。僕たちは、それを少し離れた場所から見守っている。
母は、赤色のジャンバーを着た義郎さんのもとに行くと、チケットを渡した。義郎さんは母から受け取ったチケットに目を遣ると、食い入るように見つめながら、肩を大きく上げたようだった。それから、ひと言ふた言、言葉を交わすと、母を中へと案内した。母が乗ったのは、あの二人乗りの馬。義郎さんは、マイクを持つと、「それでは、動きます。しっかりと棒を掴んでいてくださいね」と、いつもと変わりなくアナウンスした。
やがて動き出したメリーゴーランド。明るい音楽とともに、オレンジの光が僕の目の前で流れ始める。それをぼんやり眺めていると、母が乗る後ろに、誰かが座っているように見えた。白のワンピースを着たセミロングの若い女性、いや、それは単なる母の残像だろうか。
やがて、メリーゴーランドは徐々にスピードを緩めると、ゆっくりと停まった。母が降りるのを、義郎さんはそばまで駆け寄って見守っている。そっと腕を差し出したのは、まだ幼い娘を下ろすときの所作のようだった。
母が、満足げな表情を浮かべながら、僕たちのもとに戻ってくる。
「なかなか楽しかったわよ。あのおじさん、とっても親切な人だったわ。私、こんなコートを着ているから、乗り降りしにくいだろうと思って、手伝ってくれたのよ。圭太の知っている人?」
と、言って。
「えっ、あぁ、まぁね。最初に僕について、仕事を教えてくれた人なんだ」
僕は、頭に手を遣りながら慌ててそう答える。
「あら、そうなの。それなら私、安心したわ。圭太が、どんなところでアルバイトをしているのかが心配だったけど、あんな親切な人が一緒にいるのなら、安心だわ」
「ははは、あんな親切な人ね……」
僕がそう答えたとき、あたりがパッと明るくなった。イルミネーションが点灯したのだ。
「うわぁ、あなた見て。きれい」
「本当だな、きれいだ」
目が暗闇に慣れた頃を見計らって点灯したので、光が一気に目に飛び込んできて、網膜にしっかりと焼きつく。テーマパークのような華やかさはないけれど、まばらにしか点灯していないけれど、見る人の心を動かすには十分だった。
それから僕たちは、ゆっくりと電飾の灯った園内を歩き始めた。
「私ね、ここに来て、不思議な感じがするの。まるで子供の頃に還ったような気分になれるの。お父さんとお母さんと一緒に来ているような……。もちろん、そんなことは一度もなかったんだけどね」
母のその言葉に、父は、
「それなら、きっと、遊園地の魔法がかかったんだよ。だって、ここは『夢と魔法の冒険ランド』だろ」
と、ユーモアを交えて答える。
「あなた、魔法だなんて、うまく言ったわね」
そう言って、父に寄り添う母の姿を、僕は二人の後ろからずっと眺めていた。




