14.エピローグ~僕たちの未来に向かって~
「俺さ、大学を休学して、旅に出てみようと思うんだ」
ボールをレーンに投げようと、ボールを持って構えたタイミングで、大樹の口から突拍子のない言葉が出たので、僕は構えたボールを落としそうになった。
「えっ、休学? 旅に出る?」
とりあえず持っていたボールを、ボールリターンの上に戻す。何も、僕が投げようとしているときに言わなくてもと思ったけれど、さっきから大樹は真剣な表情を浮かべたまま何かを打ち明けたそうにしていたので、感極まって口に出してしまったのだろう。
僕は、ゆっくりとベンチに腰かけた。
「俺さ、新しいことばかり追い求めていたけど、気がつけばそれらは全部、俺の掌から滑り落ちてしまっていて、俺の心の中には何も残っていないんだ。もしかしたら、大切なものは、俺のすぐ近くにあるのかも知れない。だけど、今はそれが何かがわからないんだ。だから、一度旅に出て、何も考えずに時間の流れに身を任せてみようと思う。そうしたら、大事なものが見つかるかも知れないから」
大樹が言ったことは、まわりから見れば無茶なことかもしれないが、僕にはなんとなく大樹が言わんとしていることがわかるような気がした。そう、義郎さんだって、若い頃に旅に出たのだ。そこでいろいろな景色に触れて、たくさんの人たちと会話して、自分の進むべき道を見つけた。
明るくて、何事にも積極的な大樹のことだ。きっと旅先で色々な経験を積んで、自分を見つけて帰ってくるだろう。だから、僕はそんな大樹にエールを送る意味で、こう言った。
「そっかぁ……。でも、大樹なら大丈夫だよ。いっぱいいろんな景色を見てきてね。それに、たくさんの人たちとお話をして、大樹の未来を見つけてきてね」
僕の反応が意外だったからか、大樹は少し狼狽えながらも、次の瞬間には、表情を引き締めて、
「そう言ってもらえて、俺、本当に決心が着いた。旅に出てくる。必ず、自分を見つけてくるからな」
と、力強く答えた。
「うん、お土産話、楽しみにしているね」
そのように、大樹を後押しした僕だったが、実は昨日、説明会に参加してきた。何の説明会かと言うと、大学の教職課程の説明会。二回生に上がると同時に、今の経済学部の勉強と並行して、教員免許を取るための勉強を始めてみようと思った。
学校の先生になってみたいと思ったのは、遊園地でアルバイトをしていて、子供たちと接しているうちに、子供たちと過ごす仕事に就いてみたいと思うようになったから。ジェットコースターに乗るのを怖がっている子供でも、ほんの少し背中を押してあげることで、勇気を出して乗ることができる。乗り終わった後に見せる、何かを成し遂げたときのような達成感に満ちた顔は、何事にも代えがたいほど清々しく、僕に一歩踏み出す勇気を与えてくれる。
優しく、でもときには迷っている子供の背中を、ポンと力強く押してあげられるような、そんなよき伴走者になりたいと思っている。
その夢を実現するために、義郎さんのように教育学部に入り直すことも考えたけど、物怖じする僕には、まだそこまでやる勇気はない。だけどこの先、勉強が忙しくなったとしても、今の勉強を続けながらなら、なんとかやっていけそうな気がする。
「ところで、圭太は、まだあのバイトをやっているのか?」
「あぁ、まぁね。いい人たちにも巡り合えたし、これから勉強が忙しくなるだろうけど、もう少し続けてみようと思う」
「そっかぁ。本当によかったな。いいバイトに巡り合えて……」
そう、大樹の言葉の通り、僕は本当にいいアルバイトに巡り合うことができた。それに、義郎さんと言う人にも。
クリスマスイブの日の一件以降、義郎さんは少し明るくなったような気がする。それまで以上に、仕事に熱を入れているし、よく話してくれるようになった。
だけど、僕は、祖母のことは話していない。クリスマスイブの日、母にチケットを渡して、義郎さんと引き合わせたことも。
義郎さんからも、何も訊いてこなかったし、第一、僕が義郎さんの実の孫であるなんて、まったく思っていないだろう。
ただ、あれから義郎さんのことで、思い出したことがあった。それは、僕がまだ小学校低学年くらいのときに、祖母が何げなく漏らした言葉。
「おばあちゃんの大切な人は、とっても優しい人なの。だから、おばあちゃんたちを守るために、私たちのもとを去って行ったのよ。でもね、おばあちゃんは、寂しくないの。だって、宝物箱の中に、今もちゃんと、その人からもらったものをしまってあるから」
祖母たちの過去に、何があったのかはわからない。義郎さんが、祖母のもとを去らないといけないほどの理由が何だったのかも。
「寂しくない」とは言っていたが、実は祖母が義郎さんからもらったあの遊園地の入場券を、亡くなった後も誰かが気づくように、わざと箪笥の抽斗の中に残していたのは、祖母の心の中に一抹の未練のようなものがあったからかも知れない。会えるのなら、今からでも約束した場所で会いたいというように……。
そういう意味では、クリスマスイブに母を義郎さんと再会させたのは、あながち間違ってはいなかったとも思える。今も母は、義郎さんのことを、親切なスタッフだと思ったままでいるが、それはそれでいいのではないか。だって、親子三人でメリーゴーランドに乗って過ごすという夢が、叶ったのだから。
「さっ、難しい話は終わりにして、ボウリングを楽しむとするか」
大樹の言葉で我に返った僕は、立ち上がってボールを持った。レーンの前で構えて、ボールをリリースした。
「パコーン」と、ピンが始める音が響き渡った。
「おっ、圭太、なかなかやるじゃないか。ナイスストライク」
大樹の言葉に、照れ笑いをしてみせる僕。なかなか、幸先がよさそうだった。
「よし、次は、俺の番だ」
そう言って、ボールを構えた大樹は、ボールを投げるときにこう言った。
「俺たちの明るい未来に向かって、さぁ出発だ」
「パコーン」という爽快な音が、賑やかなボウリング場に響き渡った。
(了)
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