景都春宴 3
大殿には、美しい琴の音色が流れていた。
その音に合わせるように、中央では明珠が剣舞を舞っている。
手にした剣の柄には、紅絹が結ばれていた。
明珠が身を翻すたび、紅絹が宙を舞う。
鮮やかな朱が、華やかな衣と美しい舞をさらに引き立てていた。
明珠は自信に満ちた表情で舞い続ける。
そして時折――
劉晟へ視線を向けた。
自分の舞を見てほしい。
そんな思いが、無意識にその瞳へ滲んでいた。
けれど。
一度たりとも。
劉晟の視線が、明珠へ向くことはなかった。
明珠は、嫌でも気づいてしまう。
劉晟の瞳が追っているのは――
自分ではない。
琴を奏でる瑶月。
白い衣に身を包み、静かに琴を奏でる少女。
その指先から紡がれる音色と同じように、劉晟の視線もまた、瑶月から離れることがなかった。
「……」
明珠の笑みが、ほんの僅かに固まる。
けれど、それでも舞を止めることはできない。
剣を振るう。
身体を翻す。
紅絹が、何度も宙を舞う。
それなのに――
劉晟は、見ていない。
どれほど美しく舞っても。
どれほど鮮やかな衣を纏っても。
彼の目に映っているのは、ただ一人だけだった。
やがて、琴の音色が静かに終わりを告げる。
明珠は最後の一振りを終え、ゆっくりと剣を収めた。
瑶月も琴から手を離し、二人は並んで一礼する。
大殿から、大きな拍手が起こった。
「素晴らしい踊りでしたわ!」
「明珠姫、美しい!」
明珠を称える声が、あちらこちらから上がる。
けれど――
瑶月へ向けられる声は、ほとんどなかった。
庶民。
元貴族とはいえ、今の瑶月には正式な身分がない。
どれほど美しい琴を奏でても、明珠とは立場が違う。
瑶月自身も、それを分かっていた。
だから、何も気にすることなく静かに席へ戻ろうとした。
その時だった。
慕容が、ゆっくりと席を立った。
側近がすぐにその身を支える。
一歩。
また一歩。
白い衣を纏った慕容が、ゆっくりと瑶月のもとへ歩いてくる。
その姿を見て、大殿から少しずつ声が消えていった。
やがて――
静寂が訪れる。
瑶月は戸惑いながら、慕容を見つめた。
慕容は、白綾に覆われた瞳を瑶月へ向ける。
そして、穏やかに口を開いた。
「其方の琴の音色は、とても落ち着く音色だ」
瑶月が目を瞬く。
「懐かしい気分にさせるような音色だ」
慕容は、ほんの僅かに微笑んだ。
「ありがとう」
瑶月は静かに頭を下げた。
「身に余るお言葉です」
大殿の誰もが、慕容の言葉を聞いていた。
先ほどまで瑶月を称える者は、ほとんどいなかった。
けれど今。
この大殿で高い席に座る男が――
誰よりも先に、瑶月の琴を認めていた。
明珠と瑶月は、それぞれの席へ戻っていく。
その途中――
明珠の瞳には、隠しきれない嫉妬が滲んでいた。
十七年間。
明珠は、朔国で唯一の姫として生きてきた。
父にも。
母にも。
兄たちにも。
誰からも惜しみない寵愛を受けてきた。
美しいと言われれば、それが当たり前だった。
人々の視線を集めることも。
褒められることも。
誰かの特別になることも。
明珠にとっては、ずっと当たり前のことだった。
だからこそ――
今、この大殿で自分よりも人々の視線を集める少女がいることが、どうしても許せなかった。
瑶月。
ただの庶民。
何の身分も持たない女。
それなのに。
白い衣を纏って琴を奏でる姿は、誰よりも静かに人の心を惹きつけた。
そして何より――
劉晟。
明珠がどれほど美しく舞っても。
どれほど鮮やかな紅絹を翻しても。
彼の瞳に、自分の姿が映ることは一度もなかった。
その視線の先にいたのは、いつも瑶月だった。
「……」
明珠は唇を噛みしめる。
認めたくない。
こんな女に。
自分が負けたなどと。
ましてや――
十七年間、一度も自分が誰かに劣ってるなど、考えたこともなかった。
それなのに。
初めて心を奪われた男の瞳には、自分ではなく別の女が映っている。
その事実だけが、何よりも許せなかった。
明珠は、隣を歩く瑶月を横目で見た。
その瞳には――
強い嫉妬が、静かに燃えていた。




