景都春宴 2
宴が始まる。
次々と料理が運ばれ、酒が注がれていく。
瑶月は皇后・李令蓉の隣に座り、口数こそ多くないものの、穏やかに宴を楽しんでいた。
段下では、色鮮やかな衣を纏った踊り子たちが舞を披露している。
承琰は相変わらず劉晟に絡み、劉安は時折、令蓉の皿へ料理を取り分けながら親しげに言葉を交わしていた。
一方、北玄国皇帝・慕容九思は、静かに酒を嗜んでいる。
その時だった。
劉安が、ふと思い出したように瑶月へ声をかけた。
「そういえば、其方は武家の生まれだったな」
「はい。左様です」
「ならば、剣舞などはできぬか?」
瑶月は一瞬だけ黙った。
そして、そっと慕容へ視線を向ける。
白い綾に覆われた目元。
その姿を見れば、彼が目が見えないことは明らかだった。
瑶月はすぐに視線を戻す。
「剣舞は、幼い頃に習いました」
一拍。
「ですが……」
瑶月は少しだけ考えるように言葉を選んだ。
「本日は、琴を一曲演奏するのはいかがでしょうか?」
穏やかな提案だった。
劉安が興味深そうに瑶月を見る。
「琴か」
「はい。宴の席ですから、皆様にもお楽しみいただけるかと」
それ以上、瑶月は何も言わなかった。
誰のためとも。
なぜ琴を選んだのかとも。
ただ自然に、この場に相応しいものを提案しただけだった。
けれど――
長淵には、その意図が分かった。
瑶月は、慕容のことを考えたのだろう。
けれど、それを口にすることはなかった。
目が見えないことを、本人の前で殊更に取り上げるようなことはしない。
それが瑶月の気遣いなのだ。
長淵は、改めて彼女の細やかな心遣いに感心し、自然と口元が緩んだ。
その時だった。
「陛下」
これまで静かにしていた明珠が、声を上げた。
「私なら、剣舞ができます」
長淵の表情が、わずかに固まる。
――明珠。
瑶月は、あえて剣舞を避けたのだ。
けれど、その意図が明珠に伝わることはなかった。
「もしよければ、瑶月の琴に合わせて踊らせていただけないでしょうか?」
明珠は悪気なく、そう続ける。
長淵は内心で、深いため息をついた。
せっかく瑶月が提案したのに。
だが、もう覆すことはできない。
劉安は楽しそうに笑った。
「よかろう」
そして、瑶月へ目を向ける。
「では、瑶月の琴に合わせて、明珠に舞ってもらおうではないか」
「……承知いたしました」
瑶月は静かに頭を下げた。
こうして――
春宴に、琴の音色と剣舞が披露されることになった。
劉晟という男は――
幼い頃から、その瞳に誰かを映すことがなかった。
承琰は、ずっとそう思っていた。
先代皇帝の子。
その血筋ゆえに、劉晟の幼少期は決して穏やかなものではなかった。
母である皇后の膝元で育つことすら許されず、幼い頃から一人、離宮で暮らしていた。
城内の使用人たちでさえ、劉晟に対してどこか距離を置いていた。
皇族でありながら。
皇帝の子でありながら。
決して「愛される王子」ではなかった。
そんな環境で育った劉晟の瞳に、誰かが映ることなどなかった。
承琰は、そう思っていた。
人間に興味がないのだ。
誰かを欲しいとも。
誰かに近づきたいとも思わない。
ただ自分の役目を果たし、戦場へ赴き、国境を守る。
それだけが、劉晟という男なのだと。
だからこそ――
今、承琰は驚いていた。
大殿に響く琴の音。
その前で静かに琴を奏でる、一人の少女。
瑶月。
その姿を――
劉晟が、じっと見つめている。
視線が離れない。
琴の音に耳を傾けながら、時折、瑶月の指先へ目を向ける。
その横顔には、いつもの劉晟にはないものがあった。
ほんの僅かな柔らかさ。
本人さえ、気づいていないほどの変化。
承琰は、扇子を手にしたまま二人を眺めていた。
そして――
ふっと口元を緩める。
ああ。
そういうことか。
晟。
今まで、誰一人その瞳に映してこなかったお前が。
初めて、一人の女を映している。
承琰の目が楽しげに細められた。
そして心の中で、そっと呟く。
――あぁ、晟よ。
私は、やっと其方の弱みを見つけたよ。
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