景都春宴 1
「景国皇帝陛下、北玄国皇帝陛下のお成りです!」
その声が大殿に響いた瞬間。
それまで談笑していた者たちが、一斉に姿勢を正した。
やがて大殿の奥から、二人の男が姿を現す。
皆が頭を下げ、両陛下を迎えた。
「表を上げよ」
劉安の声が響く。
瑶月もゆっくりと顔を上げた。
まず目に入ったのは、景国皇帝・劉安。
そして、その隣に立つ――
白髪の男だった。
北玄国皇帝・慕容九思。
美しい銀髪が、灯火を受けて淡い光を帯びている。
身に纏っているのは、雪のように白い衣。
その白衣には銀糸で精緻な刺繍が施されており、動くたびに繊細な光を返していた。
銀髪と白衣。
まるで雪原から現れたかのような、静謐な美しさだった。
そして、その顔立ちは――
息を呑むほど端正だった。
高く通った鼻筋。
薄く整った唇。
すっと伸びた輪郭。
その姿だけを見れば、皇族の中でもひときわ目を引く美男子だろう。
けれど――
瑶月の視線は、その目元へ吸い寄せられた。
両目には、白い綾が巻かれている。
「……」
大殿にいる者たちも、同じことを思ったのだろう。
――北玄国の皇帝は、失明している。
そんな噂が景都には流れていた。
その噂は、本当だったのだ。
けれど瑶月は、白綾に覆われたその目から、なぜか視線を離せなかった。
美しい。
それなのに――
どこか近寄りがたい。
目が見えていないはずなのに、まるでこちらのすべてを見透かされているような、不思議な感覚がある。
瑶月は無意識に息を潜めた。
なぜだろう。
初めて見る男なのに。
どうして、こんなにも気になるのだろう。
ただ一つ確かなのは――
北玄国皇帝・慕容九思という男から、どうしても目を離すことができなかった。
長淵は、数ヶ月ぶりに瑶月と会えることを、心のどこかで楽しみにしていた。
どんな形であろうと――
瑶月に会える。
それだけで、長淵にとっては喜びだった。
けれど。
長淵は、隣に座る明珠へ視線を向けた。
今回、明珠が景国への訪問に同行したのは、父である朔国王の命によるものだった。
一国の姫が他国を訪れる意味。
自由気ままに育った明珠にも、それくらいは分かっているのだろう。
父は――
明珠を使って、景国と婚姻関係を結ぼうとしている。
明珠は多くを語らない。
けれど、その横顔に浮かぶ表情は、どこか晴れなかった。
長淵は、それ以上何も言わなかった。
その時だった。
先ほどまで賑わっていた大殿が、突然静まり返った。
「……?」
何事かと、長淵は顔を上げる。
そして――
息を呑んだ。
大殿の入口から、二人の男女がゆっくりと入ってくる。
深い真紅の衣を纏った男。
その隣には――
純白の衣を纏った少女。
劉晟と、瑶月だった。
「……瑶月」
長淵の唇から、かすかな声が漏れる。
数ヶ月ぶりに見る姿。
それだけで、胸の奥が熱くなった。
生きている。
元気そうだ。
それが分かっただけで、嬉しかった。
けれど――
瑶月は、劉晟の隣にいた。
二人は、まるで最初からそう定められていたかのように並んで歩いている。
白と朱。
純白の衣と、深い真紅の衣。
その姿が、ひどく目に焼きついた。
瑶月に会えたことは、嬉しい。
それは間違いない。
なのに――
どうして、こんなにも胸が苦しいのだろう。
長淵は、答えを探すように二人を見つめた。
けれど、答えは見つからない。
ただ。
胸の奥に込み上げる感情を押し込めるように――
長淵は、固く唇を結んだ。
「兄様!」
その声に、長淵は我に返った。
「……なんだ?」
振り向くと、明珠が大殿の入口を見つめていた。
「あの紅衣を纏っている方は、どなた?」
長淵の視線が、再び劉晟へ向く。
「……劉滄燼だ」
「そう」
明珠は、じっと劉晟の姿を眺めていた。
「あの方が……劉滄燼さまなのね」
その声には、先ほどまでとは違う響きがあった。
長淵の胸に、嫌な予感が走る。
「……明珠?」
次の瞬間。
「兄様!」
明珠が、ぱっと顔を輝かせた。
「私、あの方なら嫁いでもいいわ」
「……」
長淵の表情が固まった。
明珠は気づいていない。
自分の横顔が、ほんのりと赤く染まっていることに。
長淵は、もう一度だけ劉晟を見る。
その隣には――
瑶月がいる。
「…………」
嫌な予感が、確信へと変わり始めていた。




