白朱の対 2
用意された席を前にして、瑶月は困惑していた。
自分は確かに劉晟に連れられて、この宴へ来ている。
けれど――
血縁でもない年頃の男女が、同じ卓に着くというのはどうなのだろう。
それに、自分は庶民だ。
今いるこの段に上がること自体、身分を弁えない失敬な行為なのではないか。
瑶月は周囲を見渡した。
自分よりも身分の高い者たちが、当然のように席についている。
やはり、自分がここにいるのはおかしい。
そう思った瑶月は、静かに段を降りようとした。
「月ちゃん、どこに行くの〜?」
承琰の声が飛んでくる。
瑶月が振り返る。
「承琰殿下……」
少し戸惑いながら、瑶月は頭を下げた。
「こちらの席は、私には身に余るものです」
そして、一番下の段へ視線を向ける。
そこには、朔国王太子・蕭昭衡――長淵と、明珠姫の姿があった。
「私は、別の席へ参りますわ」
そう言って、瑶月が段を降りようとした――
その時だった。
「皇后陛下のお成りです!」
大殿の入口から声が響く。
ざわめいていた大殿が、一瞬で静まった。
人々が一斉に立ち上がり、頭を下げる。
やがて、景国皇后・李令蓉が大殿へ入ってきた。
令蓉は静かに歩を進める。
まず、段下に並ぶ貴族たちへ視線を向けた。
そして――
ゆっくりと、その視線を上段へ移す。
その先にいた瑶月を、まっすぐ見つめた。
「……」
瑶月は思わず息を呑む。
令蓉は、しばらく瑶月を見つめていた。
やがて、静かに口を開く。
「瑶月よ」
「……はい」
「其方は、私と共に座るとよい」
「……!」
瑶月の目が大きく見開かれた。
あまりにも予想していなかった言葉だった。
返事をすることさえ忘れ、ただ令蓉を見つめる。
大殿中の視線が、瑶月へ集まっていた。
その中には驚きもあれば、困惑もある。
そして――
面白そうに目を細める承琰。
何も言わず、瑶月を見つめる劉晟。
さらに、段下から静かにこちらを見上げる長淵の姿もあった。
瑶月はただ、目の前の皇后を見つめていた。
なぜ。
どうして、自分を――
あまりにも突然のことに、瑶月は戸惑いを隠せず、その場に立ち尽くしていた。
そんな瑶月のもとへ、令蓉がゆっくりと歩み寄る。
そして――
そっと瑶月の手を取った。
「……皇后様?」
令蓉は何も言わず、そのまま瑶月を自らの隣へ導いていく。
瑶月は戸惑いながらも、その手に引かれるまま席へ腰を下ろした。
隣に座った令蓉へ、瑶月は深く頭を下げる。
「皇后様……身に余る光栄です」
それでも――
「ですが……私は庶民なので」
瑶月がそう告げると、令蓉は正面を見つめたまま、静かに尋ねた。
「其方は――」
一拍。
「皇族や庶民など、身分によって救うべき命を分けているのですか?」
「……」
瑶月は目を見開いた。
そして、すぐに首を横に振る。
「いいえ」
迷いのない声だった。
「命に、貴賤はございません」
令蓉は、しばらく何も言わなかった。
ただ、正面を見つめている。
やがて――
「なら、よいではないですか」
淡々とした声が響いた。
「ただの席です」
「……」
瑶月は令蓉の横顔を見つめた。
その表情からは、何を考えているのか読み取れない。
けれど、その言葉だけは不思議なほど胸に残った。
身分ではなく。
皇族でも庶民でもなく。
ただ、一人の人間として。
瑶月は初めて、令蓉という女性を少しだけ垣間見た気がした。




