皇后との距離
謁見の間を後にした瑶月と劉晟は、並んで長い廊下を歩いていた。
しばらくして、劉晟が隣を歩く瑶月を一瞥する。
「……あれほど口が達者だったとは、予想外だった」
「教育の賜物ね」
瑶月が何でもないことのように答える。
「沈家の教育は恐ろしいな」
「ふふ」
瑶月は小さく笑った。
先ほどまで皇帝の前にいたとは思えないほど、穏やかな時間だった。
やがて二人が景国城の出口へ向かって歩いていると――
「晟」
背後から、女性の声がした。
二人が同時に振り返る。
そこには、一人の女性が立っていた。
華美な衣。
髪を彩る豪華な装飾品。
一目見ただけで、身分の高さが分かる。
瑶月はすぐに皇族だと察し、静かに一礼した。
その隣で、劉晟が口を開く。
「母――」
一瞬。
言葉が止まる。
「……皇后様」
そう言い直し、劉晟もまた一礼した。
「……」
その一連のやり取りを見て、瑶月は顔を上げる。
今の一瞬。
劉晟は、確かに「母」と呼ぼうとした。
けれど、すぐに「皇后様」と言い直した。
その声音は、あまりにも淡々としていた。
瑶月は、何も言わずに女性を見つめた。
女性は景国皇后――李令蓉。
ゆっくりと二人のもとへ歩み寄ってくる。
そして、劉晟を見つめた。
「変わりはない?」
「はい」
劉晟の返事は短かった。
令蓉はしばらく息子を見つめていたが、やがてその隣へ視線を移す。
瑶月と目が合う。
けれど、令蓉は何も言わなかった。
ただ、静かに瑶月を見つめる。
やがて――
「そう」
短く呟く。
「なら、もう下がっていいわ」
「……承知しました」
劉晟が頭を下げる。
瑶月も続いて一礼した。
二人はそのまま、景国城を後にする。
歩き出してからも、瑶月は先ほどの光景を頭の中で繰り返していた。
劉晟が「母」と呼びかけたが、それを「皇后様」と言い直した瞬間。
たったそれだけのやり取りだった。
けれど――
母子の間にある距離は、言葉以上にはっきりと伝わってきた。




