景都の夜
自室へ戻った瑶月は、窓辺に立ったまま、庭園を眺めていた。
昼間に見た景都の喧騒とは違い、屋敷の中は静まり返っている。
けれど、瑶月の頭の中には、先ほどの出来事が何度も浮かんでいた。
――劉晟。
景国の皇族。
そして、長年にわたって辺境を守護してきた将軍。
これまで瑶月が見てきた彼は、民を守り、戦場では自ら前線に立つ男だった。
それなのに。
先ほどの貴族令息は、まるで劉晟を蔑むような目を向けていた。
「……どうして?」
瑶月は小さく呟く。
皇族であり、これほど長く国境を守ってきた将軍ならば、景国で相応の敬意を受けていてもおかしくない。
なのに――
なぜ、あのような言葉を投げつけられるのだろう。
そして、もう一つ。
「……おじさん、って」
瑶月の脳裏に、承琰の姿が浮かんだ。
劉晟のことを、親しい間柄だからこそ許されるような気軽さで「叔父さん」と呼んでいた。
けれど、承琰の姿を思い返して、瑶月は首を傾げる。
見た目だけなら、劉晟とそれほど年齢が離れているようには見えない。
むしろ、兄弟と言われても不思議ではないほどだった。
「……どういうことなの?」
瑶月は腕を組んだ。
考えてみても、答えは出てこない。
劉晟の身分。
景国での立場。
承琰との関係。
そして――
あの貴族たちが向ける、奇妙な敵意。
景都へ来て、まだ一日しか経っていない。
それなのに、瑶月の知らない劉晟が、ここにはあまりにも多かった。
庭園を、夜風が静かに吹き抜けていく。
瑶月はしばらく考えていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……もう、考えるのはやめよう」
いくら考えても、今の自分には分からない。
明日は、皇帝陛下のもとへ参上しなければならないのだ。
「明日に備えなくちゃ」
そう呟き、瑶月は窓を閉めた。
灯りを落とし、寝床へ入る。
布団に身体を横たえると、今日一日の出来事がまた脳裏をよぎった。
景都。
承琰。
あの貴族令息。
そして――劉晟。
けれど今は、それらを考えるのをやめた。
明日は、皇帝陛下への謁見。
まずは、それだけを考えればいい。
瑶月は静かに目を閉じやがて、その意識は穏やかな夜の中へ沈んでいった。




