酔仙楼 2
やがて、円卓へ次々と料理が運ばれてきた。
気がつけば、先ほどまで広々としていた卓の上には、料理が所狭しと並べられている。
どの料理も、酔仙楼の豪華な造りに負けないほど華やかだった。
色とりどりの野菜は花の形に細かく彫刻され、肉料理も魚料理も、一品ごとに趣向が凝らされている。
瑶月は思わず目を奪われた。
「……綺麗」
その横で、承琰は終始にこやかなままだった。
劉晟は料理を一通り眺めると、呆れたように呟く。
「相変わらずだな」
そう言いながら、躊躇なく箸を伸ばす。
承琰も楽しそうに笑った。
「軍営じゃ、こんなもの食べられないでしょう?」
そう言って、自分も箸を伸ばす。
二人が食べ始めたのを確認してから、瑶月もようやく箸を取った。
自分から一番近い料理へ、そっと箸を伸ばす。
その所作を、承琰は何気なく見ていた。
箸の持ち方。
姿勢。
料理を取る際の動き。
どれもが自然で、無駄がない。
承琰は、ふと尋ねた。
「月ちゃんは、どこの貴族令嬢なんだい?」
瑶月の箸が止まった。
ゆっくりと箸を置く。
「承琰殿下」
そして、静かに答えた。
「私は……庶民になります」
「え?」
承琰が目を瞬かせる。
「またまた〜」
冗談だと思ったのか、笑いながら首を傾げる。
すると、劉晟が淡々と口を挟んだ。
「朔国、沈家の娘だ」
「……沈家?」
承琰は目を瞬かせた。
少し興味を引かれたように瑶月を眺めると、すぐにいつもの飄々とした笑みを浮かべた。
「へぇ〜」
まるで珍しいものを見つけたような、軽い声だった。
「月ちゃん、あの時の生き残りなの?」
「はい」
瑶月は静かに答える。
「そうなんだ〜」
承琰は相変わらず軽い調子で頷いた。
そして、何気ないことのように続ける。
「それなのに、晟と一緒に行動してるの?」
「……」
その一言が落ちた瞬間。
部屋の空気が、ほんの少しだけ変わった。
劉晟の箸が止まる。
瑶月も、答えようとしていた言葉を飲み込んだ。
けれど、承琰だけは――
何も気にしていないように、いつもの笑みを浮かべていた。
瑶月は、しばらく黙っていた。
何と答えるべきか。
頭の中で言葉を選ぶ。
ここで余計なことを話す必要はない。
だから――
できるだけ感情を乗せず、事実だけを口にした。
「……はい」
一呼吸置いて。
「戦場で、劉晟将軍に連れて行かれました」
声は静かだった。
淡々と。
あの日のことを語るには、それが一番だった。
「連れていかれる?」
承琰が目を瞬かせる。
「晟が?」
その声には、さすがに隠しきれない驚きが滲んでいた。
劉晟は箸を置くことなく、淡々と答える。
「状況が急だったからな」
「へぇ〜」
承琰は、にやにやと笑った。
「状況がね〜」
そう言いながら、瑶月の顔をじっと見つめる。
瑶月はその視線に、わずかに居心地の悪さを覚えた。
けれど、承琰は気にする様子もなく続ける。
「晟に女の影がないのは、てっきり女に興味がないんだと思ってたけど」
一呼吸。
承琰の口元が、ますます楽しそうに歪む。
「お目に叶う女が、今までいなかったってことなんだね〜」
「……」
瑶月の手が止まる。
劉晟はゆっくりと承琰へ視線を向けた。
「……今日は、やけに口数が多いな」
低い声だった。
その目は、明らかに不機嫌そうに細められている。
けれど承琰は――
そんな劉晟の視線など、どこ吹く風だった。
「だって、事実でしょ?」
そう言って、また楽しそうに笑った。
「冗談はさておき」
承琰の顔から、先ほどまでの笑みが消えた。
軽やかだった声も、僅かに落ち着いたものへ変わる。
「晟はまだ知らないだろうけど――」
一呼吸。
「今、景都に北玄国の皇帝、慕容九思が来ている」
劉晟は、ゆっくりと目だけを承琰へ向けた。
「慕容九思……」
その名を口の中で繰り返す。
「何の目的だ?」
「それは分からない」
承琰は首を横に振った。
「しかも!」続けて
「数日後には、朔国の王太子もここに来る」
「……昭衡が?」
「ああ」
承琰は頷く。
「停戦後の挨拶、という名目だよ」
劉晟は何も答えなかった。
ただ、静かに考える。
景国の都――景都。
そこへ今、三国の要人が集まり始めている。
景国。
北玄国。
そして朔国。
それぞれ別の目的を掲げながらも――
この景都が、三国の政の中心になろうとしている。
そんな場所に。
なぜ、瑶月がいる?
偶然なのか。
それとも――
何か別の力が、彼女をここへ導いているのか。
劉晟は、隣に座る瑶月へ視線を向けた。
けれど、瑶月はまだ何も知らない。
北玄国の皇帝。
その名すら、今初めて聞いたのだから。
「……慕容九思」
瑶月は小さく呟いた。




