酔仙楼 1
瑶月は、目の前にそびえ立つ巨大な楼を見上げていた。
これまで三階建てほどの楼しか見たことがない瑶月にとって――
目の前にある六階建ての酔仙楼は、あまりにも大きく見えた。
漆黒の瓦屋根。
その四隅には、精巧な銅製の飾りが施されている。
柱や梁にも細やかな装飾が施され、昼の陽光を受けた楼は、まるで一つの宮殿のような威容を放っていた。
瑶月が呆気に取られていると、先を歩いていた承琰が振り返る。
「月ちゃん、入るよ〜」
「は、はい」
慌てて承琰の後を追う。
その後ろから、劉晟も何事もなかったかのように酔仙楼へ入っていった。
中へ足を踏み入れた瞬間――
瑶月は、再び目を見張った。
人が多い。
一階には大きな舞台が設けられ、芸人や芸妓たちが客を楽しませている。
その周囲には幾つもの円卓が並び、食事を楽しむ客たちの声や笑い声が絶え間なく響いていた。
さらに驚くことに、一階から五階までは大きな吹き抜けになっている。
上階の客席からも舞台を見下ろせる造りになっており、楼全体が一つの大きな劇場のようだった。
「……すごい」
瑶月は思わず呟いた。
承琰はそんな瑶月を振り返り、楽しそうに笑う。
「初めて?」
「ええ……」
「じゃあ、今日は楽しんでね〜」
そう言って、承琰は慣れた様子で奥へ進んでいく。
その姿を見た瑶月は、少し不思議に思った。
まるで自分の屋敷を歩いているかのように迷いがない。
やがて、一行が奥へ進んだところで――
「皇太子殿下、お待ちしておりました」
奥から、楼主らしき男が姿を現した。
深々と頭を下げる。
「今日も最上階をご用意しております」
「ありがとう」
承琰は当然のように頷いた。
そして楼主の案内に従い、一行は階段を上っていく。
六階。
そこには――
一部屋しかなかった。
扉が開かれる。
その瞬間。
先ほどまでの喧騒が、嘘のように消えた。
静かだった。
あれほど人で溢れていた一階の音さえ、ここまではほとんど届かない。
部屋の中央には大きな円卓。
並べられた食器も。
椅子も。
卓上の装飾品も。
どれ一つとして、安価なものはない。
一目見ただけで分かる。
すべてが一級品だ。
瑶月は思わず室内を見渡した。
「……ここ、全部?」
承琰は楽しそうに笑った。
「うん。僕のお気に入り」
その言葉に、瑶月は改めて思う。
先ほどまで歩いていた景都の華やかな街並み。
そして、この酔仙楼。
東州では決して見ることのなかった、景都ならではの贅沢。
ここが――
景国の都なのだ。
そして目の前にいる承琰もまた。
この華やかな世界の中心にいる、皇太子なのだ。




