雪の降り始め 2
城外の軍営から戻った劉晟は、青龍たちと共に馬を走らせていた。
東州の城下を通りかかった、その時だった。
「まあ……絵になるお二人だわ」
「本当に。あんなことがなければ、瑶月さまは今頃、王太子妃だったのに……」
通りから、そんな声が聞こえてきた。
劉晟の手が、わずかに止まる。
声のした方へ目を向ける。
そこには――
一つの傘の下。
瑶月と長淵が、並んで歩いていた。
白い雪が降る中、二人の距離は近い。
劉晟の瞳の奥が、ほんの僅かに揺れた。
だが、それも一瞬だった。
「あ! 瑶月さまじゃないですか!」
後ろから白虎の声が響く。
青龍が慌てて肘で白虎を小突いた。
「……余計なことを言うな」
「痛っ……」
劉晟は何も言わなかった。
ただ、馬の手綱を引く。
馬の歩みがゆっくりになる。
やがて、二人のすぐそばまで近づいた。
「雪が降っている」
劉晟の声に、瑶月が振り返る。
「早く帰るように」
淡々とした言葉だった。
瑶月は長淵の差す傘から顔を覗かせる。
「もう帰っている途中よ」
「そうか」
それだけだった。
劉晟は馬を止めたまま、二人の横を通り過ぎた。
「……」
そして、そのまま先に屋敷へ向かっていった。
青龍たちは一瞬顔を見合わせる。
白虎だけが、何か言いたそうに口を開きかけた。
だが――
青龍が再び肘で小突いた。
「……黙っておけ」
「はい……」
屋敷へ向かう道すがら、劉晟は先ほどの光景を思い返していた。
瑶月は――長淵の妃候補だったのか。
それなら、長淵が彼女にこだわる理由も分かる。
だが。
今の瑶月は、三十万の大軍を率いた名家・沈家の末娘ではない。
貴族ですらない。
同じ王族として生きてきた劉晟には、それが意味することが分かっていた。
長淵と瑶月の間には、もう以前のような未来はない。
王族や貴族の世界は、煌びやかだ。
けれど、その華やかさの裏には、自由などない。
欺瞞。
虚栄。
策略。
婚姻さえ、己の意思だけでは決められない。
愛する者と共に生きることすら、許されないことがある。
一方、平民の暮らしは決して裕福ではない。
それでも――
自分が愛する者を、自分の意思で選ぶことはできる。
共に食卓を囲み。
同じ屋根の下で暮らし。
笑い合う。
そんな当たり前の人生を送ることもできる。
劉晟は、ふと先ほどの二人を思い出した。
一つの傘の下で歩いていた瑶月。
その隣にいた、長淵。
「…………」
劉晟は何も言わず、前を向いた。
瑶月には――
あの煌びやかな世界よりも。
この東州で、自由に生きる方が似合っている。
そう思った瞬間、胸の奥に鋭い痛みが走った。
なぜそんな痛みを覚えたのか。
劉晟自身にも、まだ分からなかった。




