遠き日の思い出 1
その夜。
劉晟の私室で、瑶月はいつものように彼の左腕へ鍼を施していた。
「左腕の調子、どう?」
「かなり動かせるようになった」
瑶月は鍼を抜きながら、真剣に左腕の動きを確かめる。
「明日から、少しずつ左腕で鍛錬してみてもいいかもしれないわ」
「そうか」
短い返事だった。
けれど――
劉晟の胸には、静かな喜びが広がっていた。
もう一度、この左腕で矛を握れる。
あの頃は、二度と武器を握ることなどできないと思っていた。
それが今、再び矛を振るえるかもしれない。
劉晟は自分の左腕を見つめた。
そして、ふと口を開く。
「この傷は、落石に巻き込まれた時にできたものだ」
「だから、こんなに酷いのね」
「ああ」
劉晟は傷跡を見つめた。
「落石で身動きが取れなくなってな」
一呼吸。
「滄瀾が助けに来てくれた」
瑶月の手が止まった。
ゆっくりと顔を上げる。
「……兄様が?」
「ああ」
劉晟は静かに頷いた。
「その時、あいつは笑っていた」
「……笑って?」
「『人を助けるのに、理由なんていります?』とな」
瑶月の瞳が揺れた。
胸の奥が、きゅっと締まる。
――ああ。
やっぱり兄様だ。
困っている人を見れば、いつも笑って手を差し伸べる。
自分がどれほど危険な場所にいても、それを大したことのないように笑ってしまう。
瑶月は、俯いた。
唇が、ほんの少しだけ震えた。
「……兄様らしいわ」
小さく呟いた。
劉晟はただ、目の前で俯く瑶月を静かに見つめていた。




