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帰りを待つもの

 雪が、少しずつ降り始める頃。


 東州の城下は、今日も変わらず賑わっていた。


 屋根や街路には薄く雪が積もり、吐く息が白く染まっている。


 そんな城下の茶楼に、瑶月と劉晟たちの姿があった。


 瑶月が顔を動かすたび、髪に挿した歩揺がかすかに揺れる。


 その様子を、劉晟は何気なく眺めていた。


 すると――


 少し離れた席から、ひそひそと声が聞こえてくる。


「……劉晟さまの夫人かしら?」


「絶世の美女ね……」


「いや、夫人ではないらしいよ」


 そんな噂話が、次第に広がっていく。


 その中にいた一人の民が、ふと瑶月へ目を向けた。


「……あの方」


 声が震える。


「……瑶月さまでは……?」


 周囲の者たちが、一斉に瑶月を見る。


 誰もが息を呑んだ。


 四年前。


 東州を出ていった、沈家唯一の生き残り。


 罪人の檻に入れられ、都へ送られた少女。


 その名を――


 誰も忘れてはいなかった。


 一人の民が、ゆっくりと瑶月たちへ近づいていく。


 青龍がそれに気づいた。


 すぐに白虎と目を合わせ、警戒する。


 小雪も瑶月の前へ立った。


 けれど。


 民は瑶月の前まで来ると、その場に膝をついた。


 しばらく顔を上げられない。


 やがて、震える声で尋ねる。


「……瑶月様ですか?」


 瑶月は小雪の肩へそっと手を置いた。


「小雪」


「……はい」


「大丈夫よ」


 そう言って、小雪を下がらせる。


 そして瑶月は、目の前の民へ微笑んだ。


「はい」


 一呼吸置いて。


「沈瑶月です」


 その瞬間。


 民の目から、涙が溢れた。


「……瑶月さま」


 震える声。


「お帰りを……お待ちしておりました」


 その言葉が、茶楼に響いた。


 瑶月の瞳が揺れる。


 胸の奥が、強く締めつけられた。


 次の瞬間。


 その場にいた民たちが、次々と膝をついていく。


 一人。


 また一人。


 そして――


 茶楼にいたほとんどすべての民が、瑶月へ向かって頭を下げた。


「お待ちしておりました」


「ずっと、お待ちしておりました」


「お嬢様……」


 瑶月は、何も言えなかった。


 ただ、目の前の光景を静かに見つめていた。


 四年前。


 この街を出た時。


 自分は罪人だった。


 けれど今――


 同じ街の人々が、自分を迎えてくれている。


 帰ってくる日を、待っていてくれた。


 瑶月は胸の奥に込み上げるものを、静かに飲み込んだ。


 そして、目の前の民へ向かって深く頭を下げた。


 その後も、民たちは次々と瑶月へ声をかけていった。


「あの日は、本当にありがとうございました」


「お嬢様がいなければ、私たちは生きていませんでした」


「ずっと、帰ってきてくださるのを待っておりました」


 一つ一つの言葉を、瑶月は静かに聞いていた。


 やがて。


 人々の間から、一人の幼い少女が顔を覗かせた。


 少女は瑶月と劉晟を交互に見つめる。


 そして、あどけない顔で尋ねた。


「瑶月さまは、劉晟さまのお嫁さん?」


「――」


 その瞬間。


 あたりが静まり返った。


 劉晟の瞳が、わずかに揺れる。


 気づけば、その視線は瑶月へ向いていた。


 小雪が慌てて一歩前へ出る。


「ち、違――」


 けれど、その言葉を瑶月がそっと制した。


「大丈夫よ」


 瑶月は少女の前にしゃがみ込む。


「違うわ」


 少女が首を傾げる。


「じゃあ、なに?」


「患者と医者よ」


「かんじゃ?」


「そう。私が劉晟さまの腕を治しているの」


 瑶月は満足そうに頷いた。


 そして――


 ちらりと劉晟を見る。


「それに」


 一呼吸置いて。


「夫にしては、年が取り過ぎているもの」


「……」


 劉晟の表情が止まった。


 手にしていた茶杯を、静かに卓へ置く。


 ことり。


 その音だけが、妙に大きく響いた。


 青龍が俯く。


 白虎は必死に口元を押さえている。


 小雪は、何とも言えない顔で瑶月を見つめていた。


 当の瑶月は、何も気にしていない。


「ね?」


 少女へ向かって、にっこりと笑う。


「……うん!」


 少女は素直に頷いた。


 劉晟はしばらく黙ったまま、瑶月を見ていた。


 やがて――


「……そうか」


 低い声が落ちる。


 その声を聞いた青龍の肩が、わずかに震えた。


 ――笑ってはいけない。


 絶対に。



 この日は――


 朔国王太子・蕭昭衡が、停戦条件の書簡を届ける前日だった。

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