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灰燼の東州 2

 罪人の輸送が終わった後、東州には朔国の都から新たな軍が派遣され、そのまま駐屯することになった。


 東州に潜伏していた劉晟たちは、これ以上留まるのは危険だと判断し、一度平陽へ戻った。


 平陽へ戻ってからも、劉晟の頭から東州のことが離れることはなかった。


 ――どうすれば、東州を調べられる。


 時間が経てば経つほど、証拠は失われていく。


 死体は片付けられ、血痕は雨に流される。


 残された武器や遺留品も、誰かの手によって処分されるかもしれない。


 時間との勝負だった。


 それに――


 あの黒曜軍を装っていた所属不明の軍。


 山賊を装った兵。


 閉ざされていた城門。


 あまりにも情報が足りない。


 東州で何が起きたのか。


 誰が、何のためにあれほどの人間を殺したのか。


 そして――


 あの軍は、いったい何者だったのか。


 劉晟は机の上に広げた東州の地図を見つめた。


「……この方法しかないのか」


 ぽつりと呟いた、その時だった。


「将軍」


 扉の外から声がした。


「入れ」


 密偵が入ってくる。


 劉晟は顔を上げた。


「東州へ送った者から、報告が届きました」


「沈軍は?」


 劉晟はすぐに尋ねた。


 屠城の直後。


 劉晟は東州へ密偵を送り、沈軍の安否とその後の動きを探らせていた。


 沈家が滅びた今、東州を守っていた軍がどうなったのか。


 それだけは、どうしても知りたかった。


「……ほぼ解散したようです」


 密偵が答える。


「屠城の責任を問われ、幹部の多くが処罰されました。残された兵も、各地の辺境軍へ編入された者が多いようです」


「そうか……」


 劉晟の目が伏せられる。


「今、東州の軍営に残っている者は?」


「わずかです」


「誰が残っている?」


「朱雀と玄武が率いる、数十名ほどです」


 劉晟の目がわずかに動いた。


「……朱雀と玄武」


 滄瀾と滄海の側近だった二人。


 沈家に仕え続けてきた者たち。


 そして――


 東州を知る者たち。


 劉晟はしばらく黙っていた。


 やがて、ゆっくりと立ち上がる。


「そうか……」


 机の上の東州の地図を畳む。


 これまで、どうすれば東州を調べられるのかを考えていた。


 だが、答えはもう決まっている。


 景国の将軍である自分が、朔国の領内へ自由に入り込むことはできない。


 ならば――


 東州そのものを、自分の手に入れるしかない。


「……会いにいくか」


 青龍と白虎が顔を上げる。


「朱雀と玄武に」


 劉晟は窓の外へ目を向けた。


 その視線の先に、東州がある。


 調べるため。


 真実を見つけるため。


 そして――


 沈家が守ってきた土地を、もう一度守るために。


「東州を手に入れる」


 その言葉と共に。


 劉晟は、静かに覚悟を決めた。



 朱雀と玄武の協力もあり、東州の制圧は大きな戦闘を伴うことなく終わった。


 民間人に被害は出なかった。


 だが――


 それで東州の民が、劉晟を受け入れたわけではない。


 制圧を終えた数日後。


 劉晟は朱雀と共に、東州の城下を歩いていた。


 二人が向かっているのは、沈家の墓だった。


 道の両脇に立つ民たちは、誰も口を開かなかった。


 けれど、その視線には明らかな敵意が滲んでいる。


 無理もなかった。


 東州の民にとって、劉晟は景国の将軍などではない。


 あの日、この街を血の海に変えた山賊。


 そして、その混乱に乗じて東州へ入り込んだ黒曜軍。


 その黒曜軍を率いていた男が――


 今、何食わぬ顔で自分たちの街を歩いている。


「……」


 劉晟は何も言わず、ただ前を向いて歩いていた。


 その時だった。


「――この人殺し!!!」


 一人の民が叫んだ。


 次の瞬間。


 飛んできた石が、劉晟の足元へ落ちる。


「やめろ!」


 朱雀が声を上げた。


 だが、止まらなかった。


「人殺し!」


「沈家を返せ!」


「出ていけ!」


 四方八方から、石が飛んでくる。


「劉晟さん!」


 朱雀が咄嗟に劉晟の前へ出た。


 青龍と白虎も駆け寄り、劉晟を庇う。


 それでも、一つの石が隙間を抜けた。


 ゴッ――


 劉晟のこめかみに当たる。


 赤い血が、ゆっくりと頬を伝った。


「劉晟さま!」


 白虎が叫ぶ。


 けれど、劉晟は何も言わなかった。


 血を拭おうともせず。


 民を責めることもせず。


 ただ、黙って歩き続けた。


 やがて――


 沈家の墓が見えてきた。


 そこにあったのは、貴族の墓とは到底思えないほど質素なものだった。


 立派な石碑もない。


 豪華な装飾もない。


 ただ、東州の民が自分たちの手で作った墓だった。


 粗末だった。


 けれど。


 それが、劉晟には何より尊いものに思えた。


 劉晟は墓の前で、ゆっくりとしゃがみ込む。


 しばらく、何も言わなかった。


 ただ静かに、その墓を見つめていた。


 滄岳。


 滄瀾。


 滄海。


 皓然殿。


 胸の中で、彼らの名を一人ずつ呼ぶ。


 そして――


 立ち上がる。


 東州の民から何を言われても。


 何を投げつけられても。


 劉晟は何も言い返さなかった。


 ただ、この土地を守ることだけを決めていた。


 東州を制圧した後。


 劉晟は朱雀と玄武に命じた。


「街の復興を手伝ってくれ」


 主な仕事は、崩壊した住居の建て直し。


 食料の調達。


 そして、生活に必要なものを一つずつ取り戻していくこと。


 朱雀も玄武も、何も言わずに頷いた。


 かつて沈家に仕えていた二人にとっても、それは東州を守るためにできる、数少ないことだった。


 一方、東州で起きた惨劇の調査は、青龍と白虎を中心に進められた。


 そこへ劉晟自身も加わった。


 現場を歩き。


 残された痕跡を調べ。


 生存者から話を聞く。


 時間が空けば、劉晟自身も朱雀や玄武の復興作業へ足を運んだ。


 そんな日々が続いていたある日。


「劉晟殿!」


 玄武が息を切らして駆けてきた。


「どうした?」


「街の復旧作業中に、妙なものを見つけました」


「妙なもの?」


「はい」


 玄武が劉晟を連れていったのは、崩れた家屋の近くだった。


 そこには、木材を運んでいた玄武たちが見つけた、小さな入口があった。


 瓦礫を取り除くと――


 地下へ続く細い通路が現れた。


「……隠し通路か」


 劉晟が目を細める。


 その通路を調べると、さらに別の通路へ繋がっていた。


 そして、その先にも。


 まるで東州の地下に張り巡らされた網のように、いくつもの通路が存在していた。


 劉晟たちは、一つずつ調べていった。


 その途中。


 通路の隅に、何かが落ちているのを白虎が見つけた。


「劉晟様。これ……」


 拾い上げる。


 小さな、お守りだった。


 劉晟はそれを受け取った。


 見覚えがある。


 景国でしか売られていないものだった。


「……なぜ、これが東州に?」


 劉晟の表情が変わる。


 その瞬間。


 東州屠城を巡る謎に、新たな一つの糸が繋がった。

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