灰燼の東州 1
四年前
東州屠城の知らせを受けた劉晟は、青龍と白虎を連れ密かに東州入りした。
沈家を後にした三人は、降りしきる雨の中、荒れ果てた城下を見渡しながら静かに歩を進めていた。
あちらこちらに、まだ死体が残っている。
山賊。
そして、沈家の私兵。
焼け焦げた建物。
血に染まった道。
つい数日前まで人々の暮らしがあったとは思えないほど、東州は荒れ果てていた。
その時だった。
「……多いな」
ぽつりと劉晟が呟く。
「何がです?」
青龍が尋ねる。
「山賊だ」
劉晟は周囲を見渡した。
東州ほどの街を襲ったのだから、ある程度の人数がいたことは理解できる。
だが――
それにしても多すぎる。
白虎が近くに転がっていた山賊の死体へしゃがみ込んだ。
そして、その手に握られていた武器を拾い上げる。
「……これ」
白虎が眉を寄せた。
「山賊の割に、いいもの使ってますね」
劉晟が振り返る。
「見せろ」
「はい」
白虎から武器を受け取る。
刃の造り。
柄の材質。
重量。
どれを見ても、ただの山賊が持つような粗末な武器ではなかった。
劉晟は近くに倒れている別の死体へ目を向ける。
一人。
また一人。
武器を確認していく。
どれも同じだった。
粗末なものではない。
むしろ、軍で使われる武器に近い。
劉晟の目が細くなる。
「……山賊を装った何者かが混ざっているな」
「やはり、そう思います?」
白虎が立ち上がる。
「ああ」
劉晟は手にした武器を見つめた。
「武器が上質すぎる」
ただの山賊ではない。
その事実が意味するものを、劉晟は理解していた。
誰かが、山賊と山賊を装わせた人間を東州へ送り込んだ。
もし、それが事実なら。
この屠城は、単なる山賊による襲撃ではない。
劉晟は武器を白虎へ返すと、城門へ向かった。
城門は、すでに開け放たれていた。
劉晟は門へ近づき、じっとその周囲を見渡す。
内側には、無数の傷跡が残っていた。
刀。
槍。
矛。
さまざまな武器で斬りつけられた跡。
そして――
乾いた血痕。
門の内側には、激しい戦闘があったことがはっきりと残っている。
だが。
劉晟は門の外側へ回った。
「……」
門を破ろうとした形跡がない。
劉晟は、もう一度門を見上げた。
内側には、あれほどの戦闘の跡がある。
それなのに、城門の外側には、たった一箇所の血痕を除いて、傷ひとつなかった。
「……城門は、外から破られたわけではない」
青龍と白虎が顔を見合わせる。
劉晟は、しばらく黙っていた。
そして――
ある一つの可能性へ辿り着く。
「城門を閉じてから、襲撃したのか……」
急に雨は激しさを増した。
劉晟は雨の向こうにある城門を見上げる。
「そうだとすれば、目的は明白だ」
青龍と白虎が、黙って耳を傾ける。
「城内にいる人間を逃がさないため」
「そして――」
劉晟は城外へ目を向けた。
「沈軍に異変を知られないためだ」
東州から人が逃げ出せば、城外の沈軍は必ず異変に気づく。
援軍を送られる。
そうなれば、襲撃を成功させることは難しくなる。
「だから城門を閉じた」
劉晟の声が低くなる。
「人を逃がさず、外にも知らせないために」
そして、その先にある目的は一つ。
「……皆殺しだ」
劉晟の目が、荒れ果てた東州を捉える。
だが――
「おかしい」
白虎が顔を上げる。
「何がです?」
「山賊なら、そんなことをする理由がない」
劉晟は静かに言った。
「山賊は、民から奪って生きる」
金を。
食料を。
物を。
「殺すことそのものが目的ではない」
皆殺しにしてしまえば、奪う相手そのものがいなくなる。
「なのに、この街では何が起きた?」
劉晟は、死体の転がる道へ視線を向けた。
老人も。
子供も。
何の罪もない民までもが殺されている。
「これは、ただの山賊の襲撃じゃない」
雨が更に強くなる。
「山賊を使った、誰かの計画だ」
青龍と白虎は黙り込んだ。
それはもう、単なる推測ではなかった。
この惨劇には、裏がある。
首謀者は山賊ではない。
山賊たちは、何者かに利用された実行役にすぎない。
劉晟は雨の中、城門を見上げ続けた。
――では、誰が。
――何のために。
そして、どうやって山賊たちは城内へ入ったのか。
疑問ばかりが残る。
「……調べる」
劉晟は低く呟いた。
「この街で何が起きたのか、全部調べる」
だが。
すぐに現実が立ちはだかる。
ここは朔国だ。
景国の将軍である自分が、勝手に兵を動かして大々的な調査をすることなどできない。
下手をすれば、侵略と受け取られる。
動かせる人間の数も限られている。
東州のすべてを調べるには、あまりにも人手が足りなかった。
劉晟は、それでも城門から目を離さなかった。
雨が黒い髪を濡らしていく。
彼はゆっくりとしゃがみ込み、城門の外側へ目を向けた。
そこには、たった一つだけ血痕が残っていた。
指先でそっと触れる。
雨に晒されているにもかかわらず、その血痕は完全には消えていなかった。
劉晟の目が、わずかに細くなる。
城門の外側にあった血痕は屠城を読んだ方にはきっと誰のものなのかはわかるかと思います…




