新たな関係 1
あの紅葉の日から、数日が経った頃。
「私に治療させて」
瑶月が、劉晟の左腕を指差しながら言った。
劉晟は自分の左腕へ視線を落とす。
もう何年も前の傷だ。
今さら治療したところで、何が変わるというのか。
「……不要だ」
即答だった。
瑶月は渋い顔をする。
「でも――」
「もう治っている」
「治っているのと、治療できるのは別でしょう?」
劉晟は答えない。
瑶月はしばらく傷を見つめ、それからふと思いついたように言った。
「利き手で武器を持てた方がいいと思うのだけど」
「俺は右手でも強い」
「……」
瑶月は呆れたように劉晟を見る。
いや。
そういう話ではない。
それくらい、分かってほしい。
けれど、真面目な顔で言い切る劉晟がおかしくて。
瑶月は、少しいたずらっぽく笑った。
「右手でも強い劉晟様なら――」
一呼吸置いて。
「きっと左手だったら、無敵だったでしょうね」
その言葉に。
劉晟の口元が、ほんの僅かに緩んだ。
「……そうかもしれんな」
そして、しばらく瑶月を見つめた後。
「治療させてやってもいい」
「本当?」
瑶月の顔がぱっと明るくなる。
「ああ」
そうして――
瑶月と劉晟の、左腕の治療が始まった。
瑶月はまず、劉晟の左腕と右腕の状態を確認した。
左右それぞれの握力。
腕に力を込めた時の筋肉の動き。
関節の可動域。
何度か同じ動作を繰り返してもらい、左右の差を慎重に見ていく。
やはり、差はあった。
右腕に比べ、左腕の筋力は明らかに落ちている。
それでも――
「次は、痺れがあるか確認するわ」
「分かった」
瑶月は左腕へ触れ、指先から肩へ向かって感覚を確かめていく。
「ここは?」
「ある」
「ここは?」
「ある」
「ここは?」
「……ある」
何度か場所を変えて確認する。
そして最後に、瑶月は小さく息を吐いた。
「痺れはないわね」
「そうか」
「握力と筋力には左右差がある。でも、幸い神経そのものに大きな問題はなさそう」
瑶月は傷痕を見つめた。
「傷を負ってから、かなり時間が経っているわね」
「ああ」
「だから――」
劉晟が口を開く。
「だから、このままで――」
「三ヶ月」
瑶月が遮った。
「三ヶ月、毎日治療しましょう」
劉晟が眉を寄せる。
「治療?」
「鍼灸と漢方薬を中心にするわ」
瑶月は傷痕へ視線を落とした。
「五年も経っているから、すぐに元通りにはならない。でも、まだできることはある」
そして、劉晟の左腕を見つめる。
「筋力を少しずつ戻して、腕の動きを改善していくの」
「……」
「三ヶ月後には――」
瑶月は顔を上げた。
「きっと、また左手で矛を握れるようになるわ」
その瞬間。
劉晟の目が、ほんの僅かに見開かれた。
左手で。
もう一度。
自分の利き手で、矛を握る。
そんなことは、とうに諦めていた。
五年前。
左腕を怪我してから矛を右手へ持ち替えた。
最初は思うように振れなかった。
それでも戦場に立つために、何度も何度も右手を鍛えた。
いつしか、右手でも戦えるようになった。
だから――
左手で矛を握ることなど、もう二度とないと思っていた。
「……本当に?」
気づけば、そんな言葉が口から零れていた。
瑶月は少し驚いたように瞬きをする。
けれど、すぐに笑った。
「ええ」
迷いのない声だった。
「私に任せて」




