北玄の影
劉晟の私室に、青龍と白虎が集まっていた。
先日、瑶月を攫おうとした男について、調べが進んだらしい。
「それで、誰だった?」
劉晟が尋ねる。
青龍が一歩前へ出た。
「北玄国から来た人間というところまでは、分かっています」
「北玄国……」
「はい。ただ――」
青龍は一度言葉を切った。
「なぜ瑶月さまを攫ったのかは、分かりませんでした」
白虎も続ける。
「あらゆる情報を辿ってみたんですが……出身国以外は、ほとんど何も出てきませんでした」
「そうか」
劉晟は短く答えた。
そして、しばらく考え込む。
やがて。
「……あの日に、北玄も絡んでいたのか?」
その言葉に、青龍と白虎が顔を見合わせる。
「それは、まだ不明です」
白虎が答えた。
「ただ、一つ気になる記録があります」
「何だ?」
「東州の事件が起きた当時――」
白虎は記憶を辿るように続けた。
「国境付近で、北玄国の商人が山賊に襲われたという記録が残っています」
劉晟の目が細くなる。
「……北玄の商人が?」
「はい」
「その商人たちは?」
「死亡したと記録されています。ただ、詳しい経緯まではまだ追えていません」
劉晟は黙り込んだ。
東州。
山賊。
北玄国の商人。
そして――
今回、瑶月を攫おうとした北玄国の人間。
偶然なのか。
それとも――
「その件を調べてくれ」
「はっ」
青龍と白虎が揃って頭を下げる。
劉晟は窓の外へ目を向けた。
まだ、何一つ確かなことは分からない。
ただ。
東州で起きたあの事件が、想像よりも多くの勢力が関わっていたのかもしれん。
その小さな疑念だけが、胸の奥に残った。
その夜。
劉晟は一人、隠し部屋にいた。
灯された蝋燭の明かりが、静かな部屋を淡く照らしている。
劉晟は棚の奥へ手を伸ばした。
そして――
一つの箱を取り出した。
それは、長い間ここにしまわれていたものだった。
劉晟は箱を両手で持ち、しばらく見つめる。
指先が、蓋の縁に触れる。
「……これを返すべきか」
誰に向けた言葉でもない。
ただ、ぽつりと呟いた。
目の前で揺れる蝋燭の炎。
その向こうに浮かぶ箱を見つめながら、劉晟は何も言わなかった。
返すべきなのか。
答えは出なかった。
ただ。
その箱の中に眠るものが、いつか瑶月のもとへ戻る日が来ることだけは――
劉晟自身が、分かっていた。




