新たな簪 歩揺
それからというもの。
茶太郎は、よく瑶月の部屋へ遊びに来るようになった。
太腿の傷もすっかり癒え、今では何事もなかったかのように元気に歩き回っている。
今日もまた。
ぱたぱたと足音を響かせながら、茶太郎が瑶月の部屋へ入ってきた。
「ちゃたろーーーう!」
瑶月の顔が、一瞬で明るくなる。
すっかり茶太郎に心を奪われていた。
瑶月は慣れた手つきで茶太郎の身体をわしゃわしゃと撫でる。
「元気になったわねぇ」
茶太郎も嬉しそうに尻尾を振り、瑶月の前でごろんと横になる。
そして、これでもかというほど無防備に腹を見せた。
「ふふっ」
瑶月はその腹を優しく撫でる。
そんな穏やかな時間が流れていた――
その時だった。
すっ。
目の前に、人影が立った。
「……」
瑶月の手が止まる。
顔を上げる。
そこにいたのは――
劉晟だった。
ここ最近、できるだけ顔を合わせないようにしていた男。
その本人が、今、自分の目の前に立っている。
「……」
瑶月は気まずそうに視線を逸らした。
茶太郎を撫でていた手をゆっくりと離し、立ち上がる。
劉晟はそんな瑶月を見つめた。
何かを言うわけでもない。
ただ、手にしていたものを瑶月へ差し出した。
「……?」
瑶月が目を向ける。
それは、一つの簪だった。
金細工で作られた歩揺。
控えめで上品な花が丁寧に細工され、その下にはいくつかの真珠が垂れ下がっている。
揺れるたび、真珠がかすかに触れ合う。
華美すぎない。
けれど、目を奪われるほど美しい。
瑶月は、しばらくそれを見つめていた。
「……これは?」
劉晟は淡々と答えた。
「茶太郎からだ」
「……え?」
「世話になったそうだ」
それだけ言って、劉晟は簪を瑶月の手に乗せた。
「……」
瑶月は何も言えなかった。
劉晟はそれ以上何も言わない。
踵を返し、そのまま部屋を出ていく。
「……ちょっと」
呼び止めようとした時には、もう遅かった。
扉の向こうへ消えていく背中。
瑶月は手元に残された簪を見つめる。
そして――
足元にいる茶太郎へ視線を落とした。
「……あなたが?」
茶太郎は何も知らない顔で、尻尾を振っている。
瑶月は簪と茶太郎を交互に見つめた。
どうして。
なぜ。
あの人は、こんなものを私に――。
けれど、手の中にある簪は確かに美しく。
瑶月は知らず知らずのうちに、その細工を指先でそっと撫でていた。
小雪は、目の前で揺れる真珠をじっと睨んでいた。
正確には――
その歩揺が、瑶月の髪に飾られていることが気に入らない。
確かに、美しい簪だった。
金細工で作られた花は上品で、その下で揺れる真珠も控えめながら華やかだ。
そして何より。
お嬢様によく似合っている。
それは小雪も認めざるを得なかった。
それでも――
気に入らない。
誰から贈られたものなのか。
それを考えれば、なおさらだった。
けれど。
ここ最近、瑶月はよくその歩揺を身につけている。
髪を結い終えたあと、鏡の前で歩揺の位置を確かめる姿もあった。
昔から簪が好きだったお嬢様にとって。
この贈り物は、きっとそれなりに嬉しいものなのだろう。
だから小雪は、何も言わなかった。
ただ、揺れる真珠をじっと見つめながら。
胸の奥で、ひとつだけ思っていた。
――気に入らない。
どうしても、気に入らない。




