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小雪の願い

翌朝。


 まだ屋敷が静まり返っている時間だった。


 小雪は一人、劉晟の私室を訪れていた。


「入れ」


 中から低い声が返る。


 小雪は静かに扉を開け、室内へ入った。


「一つ、許可していただきたいことがございます」


「なんだ」


「私の武器の所持を、お許しいただきたいのです」


 劉晟の目がわずかに細くなる。


「お嬢様をお守りするために、武器が必要です」


 小雪は真っ直ぐに劉晟を見る。


「あなた様を含め、平陽の方々へ刃を向けるつもりはありません」


「……」


「私が剣を向けるのは、お嬢様に害をなす者だけです」


 そして、はっきりと言った。


「あなた様は、お嬢様を傷つけるおつもりはないのでしょう?」


 劉晟は答えなかった。


 ただ、小雪をしばらく見つめる。


 やがて――


 部屋の隅へ視線を向けた。


 そこには、一本の細身の剣が飾られていた。


 劉晟はそれを手に取る。


 鞘から抜くこともなく、そのまま小雪へ差し出した。


「貰い物だ」


 小雪は両手で受け取る。


「使え」


「……ありがとうございます」


 小雪は深く頭を下げた。


 その手の中に、初めて自分のための剣が収まった。


 劉晟はそれ以上、何も言わなかった。


 小雪もまた、何も尋ねなかった。


 ただ二人の間には、一つだけ共通した思いがあった。


 ――瑶月を守る。


 それだけだった。



「……体が痛い……」


 瑶月は小さく呻きながら、ゆっくりと身体を起こした。


 昨日、馬から落ちた時に打った身体が、あちこち痛む。


「お嬢様!」


 声がすると同時に、扉が開いた。


 小雪が慌てた様子で駆け込んでくる。


「大丈夫ですか?」


「……大丈夫よ。少し身体が痛いだけ」


 瑶月はそう答えながら、小雪の姿に目を留めた。


 その腰には――


 細身の剣が差されている。


「……それ」


 瑶月は剣を見つめた。


 聞かなくても分かる。


 きっと、劉晟が渡したのだろう。


 小雪も、それ以上何も説明しなかった。


 瑶月は視線を落とす。


 昨日、自分を攫った男が何者だったのか。


 なぜ自分が狙われたのか。


 結局、何も分かっていない。


 そして――


 昨夜の劉晟の顔が、ふと脳裏に蘇った。


 馬から落ちた自分を抱き上げた時。


 あれほど感情を露わにしていた。


 怒っていた。


 焦っていた。


 そして――


 自分を心配していた。


「……どうして」


 瑶月は小さく呟く。


 どうして、あの男が。


 なぜ、あれほど自分を心配するのか。


 分からない。


 理解できない。


 瑶月は胸元で手を握りしめた。


 だって――


 自分は朔国の軍医。


 そして、あの日。


 劉晟がその手で殺めたと信じている、家族の生き残りだ。


 父上も。


 母上も。


 兄上たちも。


 みんな、あの日に失った。


「……私は、あなたにとって何なの?」


 答えは、返ってこない。


 ただ朝の風が、窓辺の風鈴を揺らしていた。


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