剣を置く
東州近郊、朔国軍営。
瑶月が劉晟に連れ去られてから、数日が経っていた。
長淵の天幕には、側近を含めた副将たちが集まっている。
誰一人として、明るい顔をしている者はいなかった。
「昭衡さま……」
副将の一人が、重い口を開く。
「軍資が、もう……」
その声には、隠しきれない悲壮感が滲んでいた。
「この戦は……もう、続けることが難しいです」
人員。
軍資。
そして、士気。
そのすべてが、もう戦争を終えるべきだと告げている。
このまま無理に戦を続ければ、軍そのものが崩壊する。
そして軍が崩壊すれば、その背後にある朔国そのものが危うくなる。
長淵は黙って地図を見つめていた。
王太子として。
今、決断を迫られている。
――もう、戦争は続けられない。
頭では分かっていた。
だが。
ふと、脳裏に一人の少女が浮かんだ。
瑶月。
もし、ここで停戦したら。
彼女を取り戻すことはできるのだろうか。
あの穏やかな日々は、もう戻らないのだろうか。
共に茶を飲み。
他愛のない話をして。
時には、軍の鍛錬所へ足を運んだ。
そんな日々が――
もう二度と戻らないのか。
長淵は静かに目を閉じた。
そして、ゆっくりと息を吐く。
やがて目を開いた時、その瞳には王太子としての覚悟が宿っていた。
「……急ぎ、国王へ停戦についての打診を」
「昭衡さま……」
「これ以上、軍を消耗させるわけにはいかない」
静かな声だった。
誰も反論できなかった。
長淵の拳が、強く握り締められる。
その懐には――
真っ二つに折れた白玉の簪が、今も残されていた。




