砕かれた白玉
その頃。
平陽の辺境を、長淵率いる朔国軍が元の軍営へ向かっていた。
長淵の顔は、ひどく疲弊していた。
目は充血し、目の下には濃い隈が浮かんでいる。
瑶月が劉滄燼に連れ去られてから、まだ一日しか経っていない。
それなのに、まるで何日も眠っていないかのように、その顔はやつれていた。
兵士たちも皆、口数が少ない。
軍の士気は明らかに落ちていた。
掲げられた軍旗さえ、心なしか力なく垂れ下がっているように見える。
長淵は馬上から、ただ前を見つめていた。
――あのまま追えばよかった。
なぜ追わなかった。
なぜ、俺は追えなかった。
何度考えても、答えは出ない。
もし、あの場で劉滄燼を追い、瑶月を取り戻していたら。
彼女を守り切ることができただろうか。
――できない。
瑶月が裏切っていないことは、長淵自身が分かっている。
あの場面だけを見れば、敵将に庇われ、その敵将と共に馬で去った。
それだけで、自軍の兵たちにとっては十分すぎるほどの証拠になってしまう。
仮に瑶月を連れ戻したとしても。
待っているのは、牢獄か。
それとも――処刑か。
どちらにせよ。
自分一人の力では、瑶月を救えない。
長淵は目を伏せた。
――俺は王太子だ。
一人の潔白よりも、国を。
一人の命よりも、民意を。
王太子である自分が、私情を挟むことなど許されない。
頭では分かっている。
分かっているのに。
なぜ、こんなにも胸が痛む。
長淵は無意識に、懐へ手を入れた。
指先に触れたのは、硬く冷たい感触だった。
取り出すことはない。
ただ、その存在を確かめるように、懐の中でそっと握りしめる。
瑶月の髪に刺さっていた、白玉の簪。
昨夜、地面に落ちたそれは、二つに折れていた。
長淵はその折れた簪を、懐の奥へしまった。
そして何事もなかったかのように、前を向いた。
王太子として。
ただ、前へ進むために。




