最後の一手
平陽攻めの火蓋が切られた。
夜明けとともに、朔国軍が一斉に動き出す。
予想していなかった方向からの強襲。
平陽の守備兵は完全に不意を突かれた。
城内から次々と兵が駆け出してくる。
怒号。
剣戟。
馬蹄の音。
無数の軍旗が風に煽られ、平陽の大地を埋め尽くしていく。
両軍とも一歩も譲らない。
激しい戦いが繰り広げられる中、徐々に戦況は朔国側へ傾いていった。
「押せ!」
「城門へ向かえ!」
長淵は戦馬を駆けさせた。
敵兵をかわし、味方の兵を率いながら、ひたすら前へ進む。
やがて――
目の前に、平陽の城門が見えた。
「……あと少しだ」
固く閉ざされた城門。
ここを破れば、平陽の中へ入れる。
長淵の後ろには、城門を破るための部隊が続いていた。
「準備しろ!」
「はっ!」
兵たちが巨大な丸太を構える。
長淵は馬上から城門を見据えた。
――これで、開く。
そう思った。
その時だった。
遠くから、大地を震わせるような馬蹄の音が響いた。
「……?」
長淵が振り返る。
土煙の向こう。
無数の兵を従え、一人の男がこちらへ向かってくる。
黒い甲冑。
鋭い眼差し。
その手には――
一本の矛。
「……まさか」
長淵の目が細くなる。
男は馬を止めた。
互いの距離が、ゆっくりと縮まる。
そして。
長淵と、その男の視線が真正面からぶつかった。
景国の将軍。
劉晟。
――劉滄燼。
長淵は剣を抜いた。
劉晟もまた、無言のまま矛を構える。
周囲の兵たちが、二人の間から静かに退いた。
言葉はなかった。
ただ。
次の瞬間――
劉晟が馬を駆った。
矛が大きく振り下ろされる。
「――っ!」
長淵は剣を掲げ、その一撃を受け止めた。
凄まじい衝撃が腕へ走る。
馬が大きく後退する。
だが、長淵も引かなかった。
剣を返し、劉晟へ斬り込む。
矛と剣が幾度もぶつかる。
金属音が戦場に響き渡った。
一騎打ちは長く続いた。
互いに一歩も譲らない。
だが、その間にも周囲の戦況は刻々と変化していた。
長淵は一瞬だけ周囲を見渡す。
――まずい。
劉晟が率いてきた大軍によって、平陽側の兵力が一気に増えている。
このまま戦い続ければ、こちらの被害が大きくなる。
平陽を落とすどころか、軍そのものが崩される。
長淵は歯を食いしばった。
「……全軍、撤退!」
その声が戦場に響く。
「殿下!」
「撤退だ!」
兵たちが一斉に動き始める。
長淵も馬首を返した。
平陽の城門は、すぐ目の前だった。
あと一歩だった。
あと少しで、届いたはずだった。
それなのに――
長淵は悔しさを噛み殺しながら、手綱を強く握った。
掌に食い込んだ革が、皮膚を裂く。
じわり。
血が滲んだ。
それでも手を緩めることはなかった。
「……くそっ」
遠ざかっていく平陽を振り返る。
そして、その城門の前に立つ男を。
劉滄燼を。
長淵は悔しげに睨みつけた。
――東州を守り続ける男。
――そして今、平陽を守った男。
この男を倒さなければ。
朔国は、東州を取り戻せない。
長淵はそう確信していた。




