平陽へ
開戦から、二年半が経った。
開戦当初の戦は苛烈を極めた。
幾度も大軍がぶつかり、多くの兵が命を落とした。
だが、ここ一年ほどは様子が変わっていた。
大規模な戦は減り、国境付近での小競り合いが続いている。
それでも――
東州は、変わらず景国の手に落ちたままだった。
軍議の天幕。
蕭長淵は、目の前に広げられた地図をじっと見つめていた。
今年、長淵は冠礼の儀を迎える。
本来ならば、一国の王太子が成人を迎える大切な儀式だ。
都で盛大に執り行われるはずだった。
先日、都からもその知らせを携えた使者が訪れた。
だが、今は戦時中。
長淵は戦場を離れることを選ばなかった。
その代わり、父である朔国王・玄江から授けられた字名だけを受け取った。
――蕭長淵。
字、昭衡。
その名を胸に刻みながらも、長淵の頭の中にあるのは冠礼のことではなかった。
どうすれば、この膠着した戦況をひっくり返せるのか。
どうすれば、東州を取り戻せるのか。
長淵は地図の上に視線を落とす。
「……おかしい」
東州。
かつて朔国の領土だった土地。
屠城によって多くの民を失い、今ではかつての繁栄もない。
それなのに――
景国は、東州を手放そうとしない。
攻めれば守る。
退かせようとしても、必ず兵を送り込んでくる。
まるで。
東州だけは、何があっても失ってはならないと言わんばかりに。
「なぜ、そこまで東州に拘る?」
長淵は何度も考えた。
東州を足掛かりに朔国へ攻め込むためか。
だが、それなら東州だけに兵を集中させる理由がない。
むしろ東州を囮にして、別の州へ兵を送り込んだ方が効果的だ。
それなのに――
景国は東州を守り続けている。
そして、その中心にいる男。
長淵の視線が、地図の上をゆっくりと移動する。
東州。
そこに記された名。
――劉滄燼。
この二年半。
景国が東州を守り続けてきた中心人物だ。
長淵は東州と平陽の位置を見比べた。
東州から東へ百里。
そこにあるのが、平陽だった。
「……平陽」
長淵の目が細くなる。
劉滄燼の領地。
そして、東州から百里ほどしか離れていない。
決して遠くはない。
だが、一人の将が長期間その地を離れていれば、その本拠地に影響が出ないはずがない。
長淵は、東州に記された劉滄燼の名を見る。
そして、再び平陽へ視線を移した。
「劉滄燼が東州にいる間……」
長淵の指が、平陽の上で止まる。
「平陽の守りは、どうなっている?」
これまで、考えもしなかった。
東州を奪い返すことばかりに目を向けていたからだ。
だが――
東州と平陽は百里。
劉滄燼が東州に兵を置き続けるのであれば、その分だけ平陽に置ける兵は減る。
ましてや、この一年。
戦況は小競り合いが中心になっている。
それでも劉滄燼は東州を離れない。
「……なぜだ」
長淵は再び呟いた。
平陽を多少危険に晒してでも、東州を守る理由。
それほどまでに東州に価値があるのか。
それとも――
東州そのものではなく。
東州に何かがあるのか。
長淵の目が細くなる。
だが、その答えはまだ見えない。
ならば。
確かめるしかない。
長淵は平陽を指でなぞった。
「劉滄燼が東州にいる今なら……」
平陽への道筋を目で追う。
東州を正面から攻める。
それだけでは、また劉滄燼に阻まれるだろう。
ならば――
相手が守り続けている場所ではなく。
相手が守るために手薄にしている場所を狙う。
長淵の瞳に、初めて明確な光が宿った。
「……平陽を攻める」




