闇に咲く希望
香佳は、狂気を滲ませた笑い声を上げていた。
「ふふ……ふふふ……」
その時――開け放たれた扉の向こうで、夜空に一筋の光が駆け上がった。
信号弾だった。
次の瞬間――
パンッ!!
夜空で信号弾が弾け、その破裂音が広間へ響き渡った。
「……」
香佳の笑い声が、ぴたりと止まる。
その瞬間、劉晟は、香佳が振り向くよりも早く駆け出していた。
「兵も連れて行きなさい」
背後から、慕容の声が飛ぶ。
「ああ!」
劉晟に続き、青龍、白虎、朱雀、玄武。そして、慕容から預かった兵たちも広間を飛び出した。
それぞれ馬へ跨り、信号弾が上がった方角へ駆けていく。
劉晟は先頭を走っていた。手綱を握る手に、力が入る。ぎり、と指が食い込む。それでも、緩めることはなかった。
雅恋堂。
その名を知った時から――頭の中に、考えたくもない光景が浮かんでいた。瑶月が、あの場所で男たちに囲まれている。何をされているのかも分からない。
「……」
劉晟は、前だけを見つめた。
考えるな。
今は――瑶月のもとへ向かうことだけを考えろ。
けれど、どれだけ振り払おうとしても、不安は消えない。
もし、すでに何かをされていたとしても。もし――取り返しのつかないことが起きていたとしても。
それでも、劉晟が願うことは、一つだけだった。
生きていてほしい。どんな姿でもいい。何があってもいい。ただ、生きてくれればそれでいい。
「……瑶月」
知らず、名が零れた。
手綱を握る手に、さらに力が入る。掌へ、血が滲むが、それに気づくことなく劉晟は馬を急かした。
「もっと速く……!」
馬腹を蹴る。馬がさらに速度を上げた。
その時だった。
「……!」
道の先に、何者かが這っている影が見える。
「止まれ!」
劉晟が手綱を強く引く。馬が大きく嘶いた。馬から飛び降り、倒れている男のもとへ駆け寄った。
「おい!」
男は、背中を押さえ、そこから血が滲んでいる。おそらく背後から刺されたのだろう。
「信号弾を放ったのは、お前か?」
「……はい……」
男は苦しそうに顔を上げた。
「北幻の女から……頼まれました……」
「……!」
劉晟の表情が変わる。
「彼女はどこにいる?」
その声は、抑えようとしても焦りが滲んでいた。
「……雅恋堂の……最下層かと……」
「最下層?」
劉晟が聞き返す。
男は震える手を上げた。そして――少し離れた場所に建つ建物を指差した。
「あの建物です……」
劉晟が目を向ける。
そこにあったのは――以前、女たちが監禁されていた建物だった。
「……ここが?」
「はい……」
男は苦しそうに息を吐く。
「西側の壁に……隠し扉があります……」
「隠し扉?」
「そこから……地下へ入れます」
「……」
劉晟の眉が僅かに動いた。
男は続ける。
「この建物の下に……雅恋堂が広がっています」
「……」
劉晟は建物を見つめた。
地上から見れば、ただの古びた建物。まさか――その地下深くに、女たちを閉じ込める場所が広がっているとは。
「最下層に……いるはずです」
男が、苦しそうに続ける。
「頼む……」
震える声。
「助けてやってくれ……」
劉晟は男を見つめた。そして、すぐに振り返る。
「白虎」
「はい!」
「この男を頼む」
「分かりました!」
白虎が馬から降り、男のもとへ駆け寄る。劉晟は立ち上がりその視線は、すでに建物へ向いていた。
劉晟は馬に跨る。掌に滲んだ血が、手綱へ赤く付着する。
けれど――気にする様子もない。
今、この瞬間にも。瑶月の身に何が起きているのか分からない。考えれば考えるほど、胸の奥が締め付けられる。
それでも――願うことは一つだけ。
生きていてくれればいい。それだけでいい。
劉晟は馬腹を蹴った。蹄の音が、夜の北河へ響き渡る。
青龍、朱雀、玄武も続いた。
向かう先は――女たちが監禁されていた建物、その地下深くに広がる雅恋堂だった。




