雅恋堂への道
劉晟は、建物の西側へ着く。
そして――
壁を、念入りに調べ始める。
手を壁へ添え、少しずつ横へずらしていく。
隣では、青龍が松明を掲げ、劉晟の手元を照らしていた。
「……」
しばらくすると――
松明の灯りによって、壁に僅かな線が浮かび上がった。
よく見なければ気づかないほど、細い線。
けれど、それは明らかに――
壁と扉の境目だった。
「……ここだ」
劉晟が呟く。
扉と思われる部分へ手を当て、押してみる。
しかし――
動かない。
もう一度、力を込める。
それでも、びくともしなかった。
「……」
劉晟は扉を見つめる。
ただ隠されているだけではない。
何か、仕掛けがあるのだろう。
その時だった。
ふと――
陳家で見つけた隠し通路のことが、脳裏をよぎった。
あの時。
壁に取り付けられていた、銀の飾り。
それを引いたことで、隠し扉が開いた。
「……」
劉晟は、周囲を見回す。
壁。
柱。
松明の明かりを頼りに、細かな装飾まで目を凝らしていく。
そして――
「……あれか」
劉晟の視線が、壁の上方へ止まった。
軒下。
そこに、小さな銀の飾りが取り付けられている。
劉晟は手を伸ばし、指先で飾りを掴んだ。
そして――
引く。
カチリ。
小さな音がした。
次の瞬間。
壁にあった隙間が、ゆっくりと広がった。
「……!」
青龍が息を呑む。
これで入れる。
そう思った――
だが。
扉は、ほんの手のひら一枚分ほど開いたところで止まった。
「……?」
劉晟は眉を寄せる。
もう一度、銀の飾りを引く。
しかし、それ以上は動かない。
劉晟は僅かに身を屈め、開いた隙間から中を覗き込んだ。
「……」
暗闇の奥。
そこには――
一本の太い棒が、扉の内側から渡されていた。
扉が開かないよう、内側から支えている。
「……内側から、塞いでいるのか」
青龍が松明を近づける。
劉晟は目を細めた。
外からどれだけ仕掛けを動かしても――
これでは、扉は開かない。
誰かが意図的に、この入口を塞いでいる。
劉晟の目が、静かに鋭くなった。
このままでは通れない。
ならば――
「玄武」
「はい」
「長い棒を用意しろ」
「承知しました」
玄武はすぐにその場を離れた。
ほどなくして――
「こちらを」
玄武が一本の長い棒を持って戻ってきた。
劉晟はそれを受け取る。
そして、扉の隙間へ目を向けた。
人が通れるほどではない。
だが――
棒を差し込むには、十分だった。
劉晟は長い棒を隙間から中へ差し入れる。
暗闇の中を探るように、慎重に動かしていく。
やがて――
先端が、内側に渡されている棒へ触れた。
「……」
劉晟は僅かに角度を調整する。
そして――
ぐっと力を込めた。
棒の先端で、内側の棒を奥へ押し倒す。
「……っ」
カタン。
内側の棒が、僅かに傾いた。
もう一度。
今度はさらに強く押し込む。
ガタンッ!
大きな音とともに、扉を塞いでいた棒が奥へ倒れた。
「……!」
次の瞬間。
閉ざされていた扉が、大きく開いた。
ギィィ……。
暗闇の向こうへ――
細く長い通路が続いている。
その先には、雅恋堂へ通じる道がある。
劉晟は、開かれた入口を見つめた。
そして――
「行くぞ」
短く告げる。
青龍、玄武、朱雀が頷いた。
松明の明かりが、暗い通路の奥へ差し込んでいく。
ついに――
雅恋堂への道が、開かれた。
劉晟一行は暗い通路を抜ける。
その先に広がっていたのは、煌びやかな雅恋堂の内部だった。
「……!」
突然現れた彼らに、周囲にいた者たちが一斉に振り返る。
「敵襲だ!」
「何者だ!」
「逃げろ!」
誰かが叫んだ瞬間。
雅恋堂にいた客たちが、一斉に出口へ向かって走り始めた。
「どけ!」
「押すな!」
「出口はどこだ!?」
酒を片手にしていた男たちが杯を放り出し、我先にと逃げていく。
女たちも悲鳴を上げながら、人の波へ紛れていく。
たちまち雅恋堂の中は――
逃げ惑う人々で溢れ返った。
「……!」
劉晟は剣を抜いた。
その目の前を、逃げようとする客が次々と横切っていく。
警備兵が剣を抜いて襲いかかってくる。
だが――
その間にも、人が押し寄せてくる。
「くっ……!」
劉晟は振り下ろされた剣を受け止める。
ガキンッ!
剣と剣がぶつかった。
その直後、横から逃げてきた男が劉晟の肩へぶつかる。
「……!」
僅かに身体がよろめいた。
その隙を狙い、警備兵が再び斬りかかってくる。
劉晟は身体を捻ってかわす。
だが――
また別の客が目の前を走り抜けた。
「邪魔だ!」
警備兵の怒声が響く。
雅恋堂の中は、完全な混乱状態だった。
敵も。
客も。
逃げる女たちも。
すべてが入り乱れている。
剣を振るえば、逃げ惑う客を巻き込む恐れがある。
かといって、足を止めれば警備兵に囲まれる。
「……!」
劉晟の目が鋭くなる。
ここで足止めされるわけにはいかない。
瑶月がどこにいるのか、まだ分からない。
時間がない。
その時だった。
「劉晟殿!」
玄武が前へ出た。
同時に、青龍も劉晟の前へ躍り出る。
「ここは俺たちが!」
玄武が剣を振り抜く。
迫っていた警備兵を弾き飛ばした。
「劉晟殿、先へ行ってください!」
声を荒げる。
青龍も剣を振るい、逃げ惑う客と警備兵の間に割って入る。
「こちらは任せてください!」
劉晟は、一瞬だけ二人を見る。
青龍はすでに複数の敵を相手にしていた。
玄武もまた、進路を塞ぐ警備兵を次々と退けている。
これなら――
任せられる。
「……任せた」
劉晟は短く告げた。
そして――
「朱雀、行くぞ」
「はい!」
二人は、人の波を縫うようにして奥へ駆けていく。
背後では、青龍と玄武が警備兵を食い止めていた。
剣戟の音。
逃げ惑う人々の悲鳴。
怒号。
それらが混ざり合い、雅恋堂は騒然としていた。
けれど
劉晟は振り返らなかった。
今、彼の頭にあるのは一つだけ。
――瑶月を見つける。
そのために。
劉晟は朱雀とともに、雅恋堂のさらに奥へと駆けていった。




